2018年6月20日水曜日

『新・おちゃめ日記』、スタートです!



ハレックス社の代表取締役社長退任から3日後の日曜日(17)、自宅近くの居酒屋さんで、子供達や孫達が集まって父の日を兼ねた「ご苦労さん会」を開催してくれました。家族の支えがなかったらここまでやれなかったと思っています。なので、これは本当に嬉しかったですね。孫から「ジイジ (お疲れさま)」と言って花束を渡されたのですが、思わずボロボロと涙が出ちゃいました。ジイジが涙を流す姿を見て、2人の孫がポカーンとした目で見つめてくれていました。「孫達の世代にジイジとして何を残せるのか」をこれまでモチベーションにしていたようなところもあるので、この花束は特別なものがありました。この家族が私の一番の宝です。


私は今、「やりきった感」からちょっとした「燃え尽き症候群」に陥っている感じです。かつて味わったことがないくらいの重い疲労感に襲われて、動くことさえ億劫になっています。体調もいささか悪いです。再始動するにはしばらく充電期間が必要のようですね。でも、こんな感じになれるなんて、私は幸せ者なのかもしれません。

『おちゃめ日記』の最終稿「代表取締役社長退任のご挨拶」ですが、気がつけば、「いいね!」の数が500を超えています。もうこれにはただただビックリです(@_@)   


(このブログをアップする6月20日午前0時の段階での「いいね!」をいただいた数は524。まだまだ増えている感じで、ただただ驚いています。ホント、あの長文をお読みいただき、ありがとうございます。)

もはやブログとは言い難い75千字を超える長文の文章なので、果たして最後まで読んでいただける人っているのだろうかと正直思っていましたが、少なくとも500人の方には最後まで読んでいただけているということですから (「いいね!」ボタンは文章の一番最後にありますし)。経験から言うと、「いいね!」を押していただける人の数倍からもしかすると十倍ほどの人に読んでいただけているってことですから、こんなに嬉しいことはありません。ありがたいことです。

この私の長文を機にハレックスという会社のこと、事業の内容、取り組んでいることに興味を持たれた方がいらっしゃるかもしれません。ハレックス社のことを今後ともご贔屓にしていただくことをお願いいたします。株式会社ハレックスは私の創った最高傑作です!!

ということで、『おちゃめ日記』の最終稿「代表取締役社長退任のご挨拶」で書ききれなかったこと、私が誇りに思っているささやかな自慢をこの『新・おちゃめ日記』をスタートするにあたって最初に書きますね。あの75千字を超える長文をほぼスマホだけで約1週間で書きあげ、自分で読み返すこともしないままアップしたのですが (なので、多少の誤字脱字があるのはご容赦願います)、ここでも「やりきった感」が充足していて、もう文章を書くのは当分いいやって感じになっていたのですが、皆さんからメール等で『新・おちゃめ日記』を期待する声が多く寄せられておりますので、その声にお応えするためにも、まずはこのあたりから書こうと思います。残り火はもうちょっとだけ残っていますから。加えて、もう経営責任も執行責任もないので、ブッチャケ話だって多少は許されるでしょうから()


私は『おちゃめ日記』の最終稿「代表取締役社長退任のご挨拶」で書きましたように、代表取締役社長として務めさせていただいた15年間で、ハレックス社の事業を大きく転換していったのですが、この間で私の中で誇りに思い、自慢にしたいこととして次の3つのことがあります。


 1. 「コスト削減」という指令は一度も出したことがないこと

 2. 自社都合によるリストラ(人員解雇)は一度もやったことがないこと

 3. 帝国データバンクの会社評点を40点台前半から50点台後半まで持っていったこと


. 「コスト削減」という指令は一度も出したことがないこと

あの長文ブログでも書きましたが、私がハレックス社の社長に就任した15年前、ハレックス社は会社の存続さえ危ぶまれるほどの崖っぷちの状態でした。問題山積で、正直、何から手を付ければいいのかさえ分からないほどの状態でした。NTTデータというところは優しい会社で、当時47歳というこの新米社長に大手コンサルティング会社の経営コンサルタントを付けていただきました。着任以前にその経営コンサルタントの彼と取り敢えずの経営再建計画を作っていたのですが、作成途中からその経営再建計画の内容に大きな違和感を感じていました。経営コンサルタントの視点はどちらと言うと社内のことが主体なんです。組織のこと、事業継続の判断のこと、経営数値管理の方法のこと。それはそれで重要なことではあるのですが、なにかがどこか違うように思えたんです。その時に思いました。社内にはコストしか存在しない。会社の売上も利益(すなわちプロフィット)もみんな会社の外にある。プロフィットを伸ばすことを考えないで、どうやって経営を再建することができるのか?   コスト削減で目覚ましく効果を上げて、崖っぷちから経営を立て直した会社ってこれまでにあるのか?  あったら教えて欲しいって。それで経営コンサルタントと方針を巡って大喧嘩をし、契約を解除しました。

「社内にはコストしか存在しない。会社の売上も利益も(すなわちプロフィットは)みんな会社の外にある」
「営業なくして会社なし!  改革なくして利益なし!」  です。

これは私が営業あがりの経営者だからこその感覚なのかもしれません。加えて言うと、会社のコストの大部分は人件費。従って、社長である私が「コスト削減」という言葉を発する時は、すなわちリストラ(人員解雇)するぞという宣言を発する時だとも思いました。なので、「. 会社都合によるリストラ(人員解雇)は一度もやったことがない」にも繋がるのですが、私は「コスト削減」という言葉はいっさい使ったことがありません。これはハレックス社の社員に確認していただいてもよろしいかと思います。一度も発したことはありません。もちろん、部長や事業部長という中間管理職が私を忖度(そんたく)して言ってくれたことは何度かあります。しかし、私自身のクチから「コスト削減」という言葉は一度も発したことはありません。

もし、社長の私がこの言葉を発する時は「いろいろやってみたけど、万策尽きた」って時だから、社員みんな覚悟してくれって時だという思いでした。「コスト削減」って言葉をクチにするのは簡単なことです。誰にでも言えることです。でも、経営トップとしてはその言葉をクチにする前に会社の売上や利益(すなわちプロフィット)を伸ばす努力、それも血反吐が出るくらいの努力をどれだけやったのか、万策尽きたと言えるくらいまでやったのか、そこが一番の問題だと私は思ったのです。すぐに「コスト削減」をクチにする経営者の方がいらっしゃったら、私はその人に言いたい。「コストの削減だけで業績の劇的なV字回復を遂げた会社が過去にあったのなら、教えて欲しい」と。また、コストを削減しないといけないような状況に追い込まれるのは、ひとえにそれまでの経営判断の誤りによるもの。ならば、自らの役員報酬の返上を行う覚悟なくして、軽々しく「コスト削減」という言葉を使うべきではない。それでは社員は誰1人ついてこない!と。

その思いで、私は社長在勤中の15年間、「コスト削減」という指令は一度も出したことがないのです。常に会社の売上や利益(すなわちプロフィット)をいかにして伸ばすか、そればかりを真剣に考えてきました。「コスト削減」という指令を一度も出さずに済んで、本当に良かったと思っています。これは私の密かな誇りです。


. 自社都合によるリストラ(人員解雇)は一度もやったことがないこと

かつてハレックスには正社員、契約社員を合わせて150名を超える社員が在籍していました。あの長文ブログにも書きましたが、ハレックス社が私が社長に就任して3年目に単年度黒字に転じた背景には、日本気象協会様からの依頼で、日本気象協会様の現業部門を請負ったり、人材派遣契約で要員を大量に送り込んだりしたことが挙げられます。気象予報士試験の通信講座をやっていた関係を活かして、主にハレックス社の通信講座の卒業生を中心に気象予報士の有資格者を次々に契約社員として大量採用して、日本気象協会様の現場に送り込みました。ある方から教えていただいたのですが、最も多い時期には136名の人員を日本気象協会様のメディアや予報の現場に送り出していました。「日本気象協会所属」としてテレビやラジオに出演していた気象予報士のほとんどは、実はハレックス社の正社員か契約社員でした。一時期は日本気象協会様の現業部門の約7割はハレックスのそうした社員で占められていました。テレビ局にもNHK総合、フジテレビ、ローカル局では札幌、仙台、富山、広島、松山などのNHK地方局や民放局に弊社の気象予報士を気象キャスターとして派遣していました。この当時は「越智はお天気おネエさんをはべらせて遊んでいる」と揶揄されたりもしたものです。(言いたい奴には言わせておけと、敢えて私からは否定はしませんでしたが)

で、現在のハレックスの社員数は約50名。150名ー50名の約100名の社員はいったいどこに行ったのかということですが、そのほとんどが人材派遣契約の契約元である日本気象協会様との直接契約となる移籍か、自己都合で退社した方ばかりです。あの長文ブログにも書きましたが、日本気象協会様のトップの交代により方針が変わり、請負契約から人材派遣契約に契約形態が変わったこと(通常はその反対をやるのですが…)がまず初めにあり、さらには2015年に労働者派遣法と労働契約法という2つの法律が改正され、同一職場への派遣社員の派遣期間の上限が3年に定められるという思いがけない追い討ちを受けました(3年間雇い止めルール)。これは弊社にとって経営上非常に大きなインパクトを与える出来事でした。いずれ人材派遣事業や請負事業といった人材の頭数に頼るような事業では経営が立ちいかなくなるだろうという危機感はこの事業に乗り出した時から持っていて、それで『メタモルフォーゼ計画』を始めたくらいですから。なので、『メタモルフォーゼ計画』の推進を当初の計画よりも急がないといけないという状況に追い込まれました。

そして3年間という派遣期間の上限を超える社員の処遇をどうするのかという決断も迫られたわけです。私には、あの長文ブログにも書きましたように、市場規模300億円と言われる既存の気象情報提供の市場で戦うつもりは毛頭なく、300億円の市場の外で新規に市場を創出しながら戦うつもりでしたし、第2の株主である日本気象協会様とその300億円という既存市場の中で競合するつもりも毛頭ありませんでした。なので、ハレックス社がテレビ局各局やラジオ局に直接気象予報士を気象キャスターとして派遣することをする気もまったくありませんでした。狭い既存市場の中で「仁義なき戦い」のような価格の叩き合いを続けていたのでは、誰も幸せになれないってことは分かっていましたから。

そういう時に日本気象協会様が3年間雇い止めルールの導入をきっかけにして、人材派遣契約で送り込んでいるハレックス社の正社員や契約社員を直接契約に切り替えるという方針を出されました。これは経営上はハレックス社の存続にも関わる重大な危機ではあったのですが、結果から見ると、自分の将来をハレックス社の事業方針に賭けてみるのか否かの選択を社員達11人に迫ったという意味で良かったのではないかと今は思っています。既存の慣れた仕事を続けたいという社員は全員が日本気象協会様に移籍し、「君達は5年後も10年後も今と同じ仕事をするのか?  同じ仕事のままなら待遇は今のままで大きく変えられない」と言って各自に意識の変革を迫った私の言葉に共感を持ってもらった社員だけがハレックス社に残ってくれました。思った以上に移籍した社員が多かったのには、さすがに大きなショックを受けましたが。エッ、アイツが……と思った社員が何人いたことか。これは私の不徳の致すところではありますが、私が気象予報士をはじめ社員の皆さんに求めた変革は、ルーチン業務しかやったことのない現場の気象予報士の皆さんの想像の域をおそらく超えていたのかもしれません。人にも「慣性の法則」は当てはまり、急激な変化は誰も望まないものですから仕方ありません。それぞれが自分の判断で決めたことですから。で、このままではいけないという危機意識の高い社員、気象予報士だけがハレックス社に残ってくれました。累積赤字解消に向けてのゴールがやっと見えてきた矢先の出来事で、経営上は極めて大きな痛手でしたが、今から思うと、これはこれで良かったのではないかと私は思っています。これで一気に筋肉質の体制に生まれ変わることができましたから。

そういうことで、私は社長在勤中の15年間で、自社都合によるリストラ(人員解雇)は一度もやらずに済みました。あれだけ劇的な事業構造の変革を行いながら、自社都合のリストラ(人員解雇)は一度もやらずに済んだこと、これは奇跡のようでもあり、私の誇りとすることの1つです。

最近は「求人倍率1.59の恐怖」と言って、求職者1人に対して1.59(東京の場合)から求人がある超売り手市場の求人市場になっています。すなわち、待遇や職場の風土が悪いと出来る社員から次々と別の会社に転職していくという時代になっているというわけです。世の中では「働き方改革」などという言葉が叫ばれていますが、そんなことをお上(政府)から言われなくても、待遇が悪かったり、将来に夢が感じられないような会社はすぐに優秀な社員が流出していって、たちまち会社の経営が行き詰まってしまう事態に陥るような「経営者受難の時代」を迎えています。そのことに危機意識を持っている経営者がどのくらいいらっしゃるのかお聞きしたいくらいです。私は上記のような経験もあり、強くこの「求人倍率1.59の恐怖」ということを意識してきました。

気象情報提供の市場は1993年の市場開放以来ずっと300億円と言われる狭く小さな市場の中だけで長く「仁義なき戦い」のような価格の叩き合いをやってきたという経緯があります。そのシワ寄せはその市場で働く気象予報士の方々にも及んでいて、せっかく超が付くほど難関の気象予報士試験を突破して気象予報士の資格を得て、気象情報会社に入社してきても劣悪な待遇条件の中で働いてもらっているようなところがありました。私は社員11人に支払う給与の額を見ながら愕然とし、「俺ってこんなに頑張ってもらっている社員達に対してこの程度の給料しか出せない会社の社長なんだ」と、何度思ったことかしれません。そこで幾分筋肉質の社内体制になったことから、社員の待遇面での改善にも乗り出しました。頑張って結果を出せばバンバン昇進昇格ができる仕組みにして、経営上できる限りで待遇面も良くしました。反対に単年度ベースだと営業利益はキツくなっていますが、長い目で見たら、間違いなくお釣りは戻って来ると信じています。また所属する健保も私が社長に就任した直後にNTT健保に変えました。

社員の気象予報士が友人である他社の気象予報士との話の中で比較したところ、間違いなくハレックス社は業界内では待遇面では1番だと思えるとのことでした。1番と言っても、狭く小さな気象情報市場の業界の中だけでの1番であって、私はまだまだこの程度じゃあいけない。1千万円プレイヤーがバンバン出てくるような夢のあるカッコイイ会社にしないといけないと思っていました。くわえて、会社は給料を支払うだけの機械のようなところであってはならないとも私は思っています。会社はそこで働く社員達に将来の夢を提供する場、さらには自己実現を果たすフィールドを提供する場でないといけないとも思っています。将来に対する夢が描けないと、社員のモチベーションは長続きはしないからです。そんな私が理想とする夢のような会社の実現は、藤岡新社長以下の経営陣と社員の皆さんそれぞれの頑張り次第だということで、期待しながら今後も見守っていきたいと思っています。


. 帝国データバンクの会社評点を40点台前半から50点台後半まで持っていったこと

私が誇りとすることの3点目は、帝国データバンクさんによる企業信用調査の評点を、この15年間で40点台前半から50点台後半にまで上げたことです。

企業の信用調査を行っている帝国データバンクという会社があります。信用調査とは、企業と企業が取引する際に、取引相手のことを知るために行う調査のことです。たとえば、AB社と新規で取引をする場合、B社に支払い能力はあるか、債務超過に陥っていないかなどといったB社の情報は非常に気になるところです。しかし、A社がB社に対して、いきなりあれこれ聞いたりするのは、なかなか難しいことです。そこで、帝国データバンクがA社の代わりにB社の経済状況に関する情報をはじめ、B社の長所や技術力など「信用」を裏付ける情報を集めます。B社の経営上の課題を把握すると同時に、それを乗り越えるための施策や将来の展望についてもヒアリングし、企業として健全な経営活動を行っているか、支払能力があるか、安全な取引ができるか等を第三者機関として評価し、100点満点で評価した評点を付けます。

この帝国データバンクさんの評点の見方は概ね以下のとおりです。

91以上: 世界的な企業。日本がなくなっても継続できる会社。
8190 優良企業。倒産のリスクはほとんどない会社。
6680 極めて良好な経営状態。社員数は1,000名以上の会社がほとんど。
5365 中小企業なら経営が良好な会社。社員数1,000名以上の会社なら平均点程度。
4852 中小企業なら平均的な会社 (社員1,000名以上の会社の場合は経営が良好とはいえない。)
4047 中小企業ならリース、売り掛け等の取引が難しくなります。赤字の会社が多く、社員数1,000名以上の会社の場合は倒産リスク有とみなされます。
39以下: いつ倒産してもおかしくない会社です。社員10名以下の会社や個人商店などが多い。

一口で言えば、51点以上で黒字経営が経常化、66点以上で並外れた経営手腕、81点以上は神経営の会社って呼べばいいのではないでしょうか。

帝国データバンクさんの評点の全社平均は52点前後と言われているようで、中小企業に限って言えば40点台がふつうです。また、帝国データバンクさんの企業信用調査の評点が51点以上になれば「銀行が営業にやって来る」と言われています。また、大手企業の場合、帝国データバンクさんの評点が51点以上でないと、取引口座を開けないというルールがあるのが一般的です。

私が株式会社ハレックスの代表取締役社長に就任した当時、この帝国データバンクの評点は悲しいことに40点台の前半、それも始めのほうでした。実態から言えばいつ倒産してもおかしくない39点以下の状態でした。この規模の会社としては株主様の構成が素晴らしく立派なので、辛うじて40点台に乗っていたということなのでしょう。私もNTTデータという大きな会社の出身なので、新規の取引相手の信用調査は取引開始前に欠かせないことでした。その帝国データバンクさんの評点が40点台の前半だと、どんなに立派な営業トークを言ってみても、どの会社だって新規に取引きを始めてくれません(直接の取引口座を開設してくれません)会社としての信用度がないので当然のことです。私が15年前に2代目の代表取締役社長に就任した直後に、銀行からの貸し渋りに遭ったことも書かせていただきましたが、これもこの評点では当然のことでした。私はこれじゃあいけないと判断し、この帝国データバンクさんによる「第三者評価」を私の中でのKPI (Key Performance Indicators:重要業績評価指標)として、これまで15間経営にあたってきました。

私はNTTデータを卒業して、ハレックス社の専任社長になった9年前に、「世の中で一流と呼ばれている会社からパートナーと呼ばれるような会社を目指す」と社員達の前で宣言しましたが、いくら私が声高に叫び、優れた取り組みをしたとしても、企業としての信用調査の評点が低ければ、どの会社さんも振り向いてもくれません。とにかく帝国データバンクさんの評点を中小企業として経営が良好な会社とされる53点以上にまで上げよう! 私はそのことを目標に事業の変革を行ってきました。KPIに帝国データバンクさんという「第三者機関」による評価を持ってきたという点が重要なところで、これにより直近1年間の取り組みの成否が測れ、また、次の1年間で取り組むべき重点課題も明確になったような気がします。

その結果、『メタモルフォーゼ第1章』の最終年に念願の50点台に乗せ、その後は年々上昇を続け、このところ50点台後半。2前に秘かにお客様企業 (どことは申せませんから聞いた話によると57点まで上昇させることができました。この規模の会社で評点が57点。しかも会社創設から12年間の累積損失がいまだに残っているような会社で…。これは帝国データバンクの調査員の方が「滅多にあることではない」と驚かれるほどです。おかげさまでこのところ東証一部上場企業のような大手企業さんでも与信調査でいっさい引っ掛かることもなく、すぐに取引口座を開いていただいています。

帝国データバンクさんの評点をこの15年間で40点台前半から50台後半へと引き上げたこと、これは経営者としては私の秘かな誇りと自慢としています。自己満足ではなく、帝国データバンクさんという多くの企業の信用調査を行っている「第三者機関」も認めてくれていることですからね。

昨年インタビュー調査にやって来た帝国データバンクさんの調査員の方が最後に「社長! この会社ヤバいですよ。M&Aで間違いなく狙われます!」とおっしゃっていただけました。それを受けて私は「ありがとう。それって最高の評価だよね。でも、私はそれに応じる気は全くないし、支えてくれている56社もの株主様がそれを許してくれませんから」とお返ししました。実際、そのようなお話は時々いろいろなところから持ち込まれますが、毎回、帝国データバンクさんの調査員の方への返事と同じことを回答しています。

私がハレックス社の専任社長として着任し、『メタモルフォーゼ計画』を始めた時、KGI (Key Goal Indicator:重要目標達成指標)として私の中で設定したのは累積損失の解消と、その後に続く株式の上場でした。15年前、会社の存続さえ危ぶまれる崖っぷちの会社の経営を引き継ぎ、それから6年後に株式の上場を目標に設定するなんて妄想もいいところでしょ。でも、実際真面目にそんなことを考えていました。

累積損失を解消して、その後チマチマと少額の配当金をお支払いしても資本金を出していただきこれまでずっと温かく見守り続けていただいた56社もの株主様に恩返しすることはできません。ここはドッカーン!と株式の上場益で恩返しする、これがこういう会社を率いる代表取締役社長としての責務であると私は思っていました。「背伸びをしないと、背は伸びない」これも私がモットーとすることです。その背伸びが累積損失の解消と、その後に続く株式の上場でした。これくらい高く、そして明確な目標がないと、15年間も同じ会社の代表取締役社長なんて務まるわけがありません。少なくとも私はこの大きな目標があったからこそ、15年間という長い時間、モチベーションを保ち続けられました。で、そのKGIを実現するための実行計画が『メタモルフォーゼ計画』、KPI帝国データバンクさんの企業信用調査の評点だったというわけです。

私から藤岡浩之新社長への引き継ぎ事項はたった一言でした。「株式上場を目指せ!」

これだけで十分です。彼なら分かってくれるでしょう。

あの長文ブログの一番最後に、私は先進導坑はなんとか15年かけて開通させることができた。この後、本坑を掘り開通させるのは、藤岡浩之新社長のもとで私が自慢とする社員の皆さん方だということを書かせていただきました。この本坑の開通とは、もちろん株式の上場のことです!    私が果たし得なかったこの夢の実現は次の世代に託したいと思っています。その夢の実現の日は遠からずやって来るのではないかと期待しています。その報を新聞の片隅で知って、空に向かって大きなガッツポーズをするのが今から楽しみでなりません。

ところで、帝国データバンクさんという「第三者機関」の信用調査の評点をKPIに設定して企業経営にあたる経営トップって滅多にいないのではないでしょうか。でも、会社は市場から信用されてナンボ、市場から期待されてナンボのものです。毎年同じ目線で継続的に信用調査をやってくれる帝国データバンクさんの評点って事業の変革を行おうとする際のKPIとして使えますよ。費用もいっさいかかりませんし、冷静な第三者の視点で継続的に調査していただけるのですから、自社の経営状況を高いお金をかけて経営コンサルティング会社に調べてもらうより、よっぽどお得で、効果的です。絶対にお勧めです。


残り火を一気に書いちゃったので、さらにスッキリして執筆意欲も戻ってきました。『新・おちゃめ日記』をスタートするにあたって、まだくすぶっていた残り火について書いてみてよかったです。ここからは通常運転に入ります。まずは最近趣味にしている旧街道歩きのうち、今年に入ってから始めている「甲州街道歩き」について書こうと思っています。紀行文は最近の私が最も得意としている分野なので、書きやすいですからね。それでは執筆が完了したところから順次アップしていくことにします。しばしお楽しみにお待ちください(^ ^)   

それにしても、ここまでのこの1文を電車の車内でスマホを使って約2時間(通勤1往復)で書き上げたって、誰も信じていただけないでしょうね。これが執筆エンジンがかかった時の越智正昭です _φ(_


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