2020年2月22日土曜日

甲州街道歩き【第11回:真木→笹子峠】(その6)

すぐに白野下宿のバス停があります。白野宿の宿内には上宿・中宿・下宿という3ヶ所のバス停があり、ここはその1つです。
 白野宿は次の阿弥陀海道宿とその次の黒野田宿の3宿で人馬の継ぎ立て等の問屋業務を分担するという小さな宿場でした。もともとこの3宿は上初狩という1つの村で、そこを3つの村に分割したことから成立した宿場町です。前述のように、この3宿は3宿を1宿として、人馬の継ぎ立て等の問屋業務を毎月115日は黒野田宿、1622日は阿弥陀海道宿、2330日は白野宿というように分担して務めていました。天保14(1843)に編纂された「甲州道中宿村大概帳」によると、白野宿は家数は84軒で、人口は318人。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠4軒という小さな宿場でした。
 白野宿の宿内に入っていきます。白野宿は上宿、中宿、下宿あわせても5(500メートル)ほどの短い距離の宿場町で、特別に変わった町並みではないのですが、落ち着いた静かな佇まいと言った感じのところで、鄙びた旧街道という雰囲気がよく出ています。白野宿には旧宿場町だったことを示す案内表示等は一切ありませんが、ところどころにもとは旅籠だったのではないか…と推察される木造切妻・出桁造りの町家建築の大きな建物が建っていたり、道端に庚申塔が立っていたりして、旧宿場の面影が微かに残っています。
  旧宿場町だったことを示す案内表示が唯一これ。大月市笹子公民館 白野分館の脇に「甲州街道 白野宿」と書かれた案内標柱がポツンと立っています。
 細い道を富士急山梨バスの路線バスが走ってきました。路線バスの路線が通っているというのも、ここが旧街道だったことの証しのようなところがあります。田舎の路線バスは交通量の多い国道を辿るのではなく、開業時にあった集落を結ぶルートで路線を引いているので、ここを路線バスが通るということは、古くからあった道だったことを意味していますから (それは宿場周辺に限りますが…)
 今は民家になってしまっていますが、かつてこの宝林寺に向かう道の角あたりに天野脇本陣、その先に今泉本陣がありました。
  白野上宿バス停です。かつてはこの先に大きな旅籠があったそうなのですが明治40(1907)にこのあたり一帯を山津波が襲い、流されてしまったのだそうです。先ほど白野宿には旧宿場町だった痕跡がほとんど残っていないということを書きましたが、それはその明治40(1907)に発生した山津波の影響が一番大きいのかもしれません。往時の多くのものがあらかた流されてしまったのでしょう。
 この白野上宿バス停のあたりが白野宿の諏訪方(西の出入口)で、バス停の先で国道20号線と合流します。

国道20号線と合流してすぐに、再び右側の旧道に入って行きます。そこに「子()神社」があります。そういえば年が明けて令和2(2020)の干支は庚子。子の年ですね。
  国道20号線は真っ直ぐに伸びているのですが、旧甲州街道は右に入ります。
 JR中央本線の線路下を潜ります。
 ここでウォーキングリーダー(先達)さんからこの山梨県の大月市周辺(郡内地方と呼びます)に古くから伝わる伝承についての説明を受けました。その伝承というのが『桃太郎伝説』。桃太郎といえばお話の中に出てくる吉備団子が名物の吉備国(現在の岡山県)が舞台と相場が決まっているのですが、ここ山梨県の郡内地方にも桃太郎伝説が残っているのだそうです。
 それは、このあたり一帯にある百蔵山(ももくらやま)、さらにはここに来るまでの宿場に見られる犬目、鳥沢、猿橋といった地名(集落名称)、そして鬼が棲んでいたと言われているのが都留市と大月市の境にある九鬼山(くきやま)。それら地名の語呂合せが基になっています。多くの参加者が「なぁ〜んだ、ただの語呂合わせじゃん」と思ったのですが、それを打ち消すようにウォーキングリーダーさんが話してくれたのが、ここから緩い勾配を登る「立石坂の立石」の話。
 それは、いつも石杖を投げてあげて遊んでいた岩殿山の鬼が、誤って投げ飛ばしてしまった石杖がこの先の立石坂に突き刺さっているのだそうです。それが坂の途中のJR中央本線の線路脇に見えます。この写真では(旧甲州街道側からは)その石杖の頭の部分しか見えませんが、聞くと全長4メートル、幅1メートル、厚さ20cmほどあり、石の種類にもよりますが、重さは推定2トン以上もありそうなんだとか (反対側は工場の敷地になっていて、その石杖の全貌を見ることはできません)。鬼は小山田信茂の居城があった岩殿山の山麓からこの石杖を投げたのだそうで、その距離はおよそ9.5km。約2トンの石を約9.5kmも投げ飛ばすなんて、とても人間業ではありません。鬼のしでかしたことなんだとか。信じるか信じないかは、あなた次第です(^_^)v ちなみに、このような石杖は付近ではもう1個あって、その場所が「鬼の石杖」と言って、鬼が石杖を投げ飛ばして遊んでいた岩殿山の麓なのだそうです。その石杖の写真を見せていただきましたが、まさに石の杖が地面に斜めに突き刺さっているように見えます。
  ちなみに、桃太郎甲斐国説では、おばあさんが鬼退治に行く桃太郎に持たせたのは、本当は吉備団子ではなく、山梨県大月地方の郷土料理「おつけだんご」だったのだそうです。
旧甲州街道はJR中央本線の線路脇の緩やかな登り坂を登っていきます。
  三界の万霊を祀るといわれる「萬霊塔」が立っています。
 アルミ建材の窓を使っているなど建物自体は新しそうですが、歴史を感じさせる建物です。
 細い道路ですが、前から山梨富士急バスの路線バスがやって来ました。



 ……(その7)に続きます。

0 件のコメント:

コメントを投稿

愛媛新聞オンラインのコラム[晴れ時々ちょっと横道]最終第113回

  公開日 2024/02/07   [晴れ時々ちょっと横道]最終第 113 回   長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました 2014 年 10 月 2 日に「第 1 回:はじめまして、覚醒愛媛県人です」を書かせていただいて 9 年と 5 カ月 。毎月 E...