2023年2月3日金曜日

鉄分補給シリーズ(その7) 四国カルスト高原

 公開日2023/02/02

 

[晴れ時々ちょっと横道]第101回 鉄分補給シリーズ(その7) 四国カルスト高原

 

昨年の7月中旬、前々からどうしても行ってみたかったところへ行ってきました。そこが「四国カルスト高原」です。四国カルスト高原は愛媛県と高知県の県境に沿った標高約1,000~1,400メートルの山地の尾根づたいに東西約25kmにわたって断続的に広がる石灰岩の台地、いわゆるカルスト台地のことです。

愛媛県と高知県の県境に沿った標高約1,000~1,400メートルの山地の尾根づたいに東西約25kmにわたって断続的に広がる石灰岩の台地、「四国カルスト高原」です。

この日の行程図です。(国土地理院ウェブサイトの地図を加工して作成)

この鉄分補給シリーズは鉄道やバス、フェリーといった公共交通機関を使った日帰り旅行の紀行文を基本にしているのですが、今回は四国カルスト高原まで行ける公共交通機関がないことから、私の愛媛での愛車ハスラー君を駆ってのドライブです。前回、「鉄分補給シリーズ(その6)伊予鉄南予バス面河・石鎚土小屋線」の最後で、久万高原駅に停車中の四国カルスト高原の美しい写真のラッピングが施されたJR四国バスの車体を眺めていて、「そうだ、ここを忘れてはいけない。ここに行かねば!」…と思っちゃいましたから。


久万高原駅に停車中のJR四国バス久万高原線の路線バスです。車体にラッピングされているのは雄大な四国カルスト高原の写真。私はこのラッピング写真を見て、四国カルスト高原に行こうと思いました。

四国カルスト高原は上浮穴郡久万高原町(旧柳谷村)を中心に西は西予市、北は喜多郡内子町、さらに南は高知県の高岡郡檮原町と津野町にかけて広大に広がるカルスト台地です。松山市内から行くには、国道33号線で三坂峠(標高720メートル)を越え、久万高原町落出で分岐して国道440号線を進みます。この国道440号線は、松山市の市役所前交差点を起点として高知県高岡郡檮原町に至る一般国道ですが、起点から久万高原町落出まではほぼ国道33号線と重複します。三坂峠の下を三坂第一トンネル・第二トンネルで抜ける三坂道路が整備されてからは、三坂峠を通る旧路線は国道33号線の指定を外され、国道440号線の単独区間となっています。せっかくなので、国道440号線をなぞるために、三坂峠越えの旧路線を利用しました。

三坂峠です。三坂峠の標高は720メートル。旧国道33号線の最高地点です。国道33号線は急勾配の三坂峠を越えると、今度は太平洋に面した高知県高知市に向けてダラダラと緩い勾配の坂で下っていきます。


「鉄分補給シリーズ(その6)伊予鉄南予バス面河・石鎚土小屋線」で利用した伊予鉄南予バスの久万営業所とJR四国バスの久万高原駅の前を通り過ぎ、さらに久万川に沿って南下します。その久万川が面河川と合流する地点で、面白い形をした巨大な岩が見えてきます。愛媛県の名勝に指定されている「御三戸嶽(みみどだけ)」です。前述のように、この御三戸嶽は北方から流れてくる面河川と西方から流れてくる久万川との合流点に当たり、ここで面河川が主流となって高知県の方向に流れていきます。そして県境を越えて高知県に入ったところで、仁淀川と名称が変わります。仁淀川は仁淀ブルーと呼ばれる神秘的なエメラルドグリーンの色をした清流として全国的にその名を知られていますが、その主な源流は愛媛県にあって、この面河川と久万川がその仁淀川の源流です。なので、御三戸嶽の下を流れる水は澄んでいて、とても綺麗です。面河川と久万川の合流部にある御三戸嶽は石灰岩で形成された巨大な岩頭で、その岩壁の高さは約37メートル。上流側には淵が、下流側には砂洲が形成されており、上部には松が生い茂っています。御三戸嶽には、その形から「軍艦岩」の別称が付けられています。

面河川と久万川の合流地点に立つ石灰岩の巨岩「御三戸嶽(みみどだけ)」です。面河川はこの御三戸嶽のところで久万川と合流し、Uターンするように高知県方向に流れていきます。右手が高知県方向で、高知県に入ると仁淀川と名称が変わります。

先ほど御三戸嶽は石灰岩で形成された巨大な岩頭…ということを書かせていただきましたが、これから向かう四国カルスト高原も石灰岩でできた地形。石灰岩は炭酸カルシウム(CaCO3) を50%以上含む堆積岩のことなので、今回の日帰り旅は、鉄分補給と言うよりも、“骨分(カルシウム分)補給”の旅って言うことができますね。カルシウムは、骨や歯の主要な構成成分になるほか、細胞の分裂・分化、筋肉収縮、神経興奮の抑制、血液凝固作用の促進などに関与している重要な栄養素ですから(笑)

面河川も久万川もともにV字渓谷を形成していて、御三戸嶽の付近にはほとんど平坦地はないのですが、面河川に沿ったその狭い平坦地に久万高原町の美川支所(旧美川村役場)があります。久万高原町は平成16年(2004年)に上浮穴郡の久万町、面河村、美川村、柳谷村の1町3村が合併して誕生した自治体で、美川村はその1つで、この御三戸が旧美川村の中心地でした。また、この御三戸嶽のあるところからは愛媛を代表する景勝地である面河渓谷や四国霊場八十八箇所の第45番札所の海岸山岩屋寺へ向かう愛媛県道212号東川上黒岩線が分岐していて、御三戸嶽はそこへ向かう旅行客の目印になっています。

さらに国道33号線を高知県との県境に向かって南下します。落出で国道33号線から四国カルスト高原を越えて高知県高岡郡檮原町へ向かう国道440号線が分岐します。この落出は現在の久万高原町を形成する旧久万町、面河村、美川村、柳谷村の1町3村の1つ、旧柳谷村の中心地で、久万高原町の中でも最も南の高知県との県境に近いところに位置しています。この落出は、かつて国道33号線経由で愛媛県の県都・松山市と高知県の県都・高知とを最速3時間9分で結んでいた国鉄(日本国有鉄道)のバス路線「松山高知急行線(愛称:なんごく号)」の愛媛県内最後のバス停がありました。この先はすぐに県境を越えて高知県になります。この松山高知急行線は、昭和62年(1987年)に国鉄が民営化され、四国島内の国鉄がJR四国として発足した当時、鉄道も含めたJR四国全体で唯一の黒字路線であったことから、「栄光の松山高知急行線」とも呼ばれた一大幹線路線でした。しかし、四国島内でも松山自動車道や高知自動車道といった高速道路の整備が進み、松山市〜高知市間の移動も高速道路利用の方が快適で、時間的にも早くなったことから、平成13年(2001年)、松山高知急行線は廃止され、高速道路経由の「なんごくエクスプレス」に生まれ変わりました。その際、JR松山駅と落出(旧上浮穴郡柳谷村)間の愛媛県内の区間のみは旅客需要もそれなりに多かったことから一般路線バスによる運行になり、久万高原線と路線名称も変更になりました。平成29年(2017年)、久万高原〜落出間が廃止され、廃止区間を久万高原町営バスが代替運行されるようになり、現在に至っています。

この落出は旧柳谷村の中心地で、久万高原町役場 柳谷支所(旧柳谷村役場)もここにあります。このため、落出のバス停も自動車駅である落出駅になっていました。この落出駅は、JR四国バスが久万高原線の久万高原〜落出間の区間を廃止した後も、代替運行する久万高原町営バスの営業所として使われていて、この落出駅を起点に旧柳谷村内に幾つかの路線を今も運行しています(この旧柳谷村内の路線も、旧国鉄が運行していた松山高知急行線の支線でした)。


旧国鉄バスの自動車駅「落出駅」です。現在も久万高原町営バスの営業所として使われています。

久万高原駅に停車中の久万高原町営バスの車両です(前の車両)。過疎地の狭隘道路を運行するため、マイクロバスでの運行です。

国道440号線は落出で国道33号線から分岐すると、ループ橋と2本のトンネルを抜けて南西方向に進みます。旧柳谷村は面河川とその支流である高野本川の上流域のV字渓谷にある山村で、国道440号線もその高野本川のV字渓谷に沿って伸びています。国道440号線は四国山地の山岳道路であり、狭隘な区間が多いので、いわゆる“酷道”と呼ばれる路線の1つですが、最近は改良工事が進められ、一部で2車線化もされています。

「やなだにキャニオン」の案内表示が立っています。その表示によると、このあたり旧柳谷村の西谷地域を流れる高野本川は両岸に断崖が続き、典型的なV字谷を形成する渓谷で、「やなだにキャニオン」と呼ばれているのだそうです。谷幅約50メートル、高さ約150メートルの絶壁を誇る四国最大級の渓谷なのだそうです。春の新緑のシーズンや、秋の紅葉のシーズンには、さぞや美しい風景になるだろう…と容易に想像できます。


「やなだにキャニオン」です。谷幅約50メートル、高さ約150メートルの絶壁を誇る四国最大級の渓谷なのだそうです。

この国道440号線を久万高原町営バスの古味線が伸びています。この古味線も旧国鉄バス松山高知急行線の支線(当時の支線名は八釜線)でした。その古味線の途中にあるバス停の名称が「ごうかく」。元々は漢字で「郷角駅」として開設された自動車駅で、待合室が設置されています。この郷角駅、1980年代頃に受験合格祈願の縁起物として当駅までの乗車券が売れていることに気づいた旧国鉄の職員が、縁起切符として宣伝や特別乗車券の販売を行うなうようになり、その時に駅名を平仮名の「ごうかく」に改めました。今でも久万高原町営バスの落出営業所で“落出→ごうかく”の「ごうかく切符」が販売されているようです。一度落ちてからの合格であることに注意が必要です。浪人生向けかな(笑) 

久万高原町営バス古味線の途中にある自動車駅「ごうかく(郷角)駅」です。

その「ごうかく」バス停から少し奥に行ったところにあるバス停の名称が「大成(おおなる)」。“ごうかく→大成”、こちらの切符のほうが合格祈願には向いているようですね。

こちらは久万高原町営バス古味線の途中にある自動車駅「大成(おおなる)駅」です。

久万高原町営バス古味線の終点、「古味」バス停です。かつての旧国鉄バス八釜線の終点でもありました。私は一時期、路線バスの終点を訪れることにハマったことがあったのですが、ここもなかなか味わいのある終点です。ここは国道440号線から愛媛県道52号小田柳谷線をほんの少し入ったところにあり、目の前に古味集会所があります。古味線(こみせん)の終点にあったのはコミセン(コミュニティーセンター:集会所)…なぁ〜んちゃってね(笑)   路線バスの終点らしく古味のバス停の前は広いバスの転換場になっています。バス停の前の道路は愛媛県道52号小田柳谷線で、この道を高野本川の支流である黒川に沿って先に進むと、小田深山渓谷を経て喜多郡内子町小田へ出ます。

久万高原町営バス古味線の終点、「古味」バス停です。かつての旧国鉄バス八釜線の終点でもありました。古味バス停にかつてあった待合室(自動車駅舎)は既に取り壊されており、ベンチが置かれているだけです。

古味バス停の前の道路は愛媛県道52号小田柳谷線で、この道を高野本川の支流である黒川に沿って先に進むと、小田深山渓谷を経て喜多郡内子町小田へ出ます。左に分岐する道は旧国道440号線で、すぐに高知県との県境である地芳峠にかかり、峠を越えた向こう側は高知県高岡郡檮原町です。

この古味の集落は旧柳谷村の最深部にあり、公共交通機関で行けるのはここまでです。ここから分岐する旧国道440号線を先に進むと、すぐに高知県との県境である地芳峠(じよしとうげ)にかかり、峠を越えた向こう側は高知県高岡郡檮原町です。地芳峠の標高は1,084メートル。古味からの標高差は約400メートル。この標高差を国道440号線は山肌を縫うように九十九折りの曲がりくねった林間の狭隘路で登っていきます。大型車通行不能、軽自動車であっても前から対向車がやってくると、離合できる場所までバックする必要があったりして、まさに“酷道”。この日は休日だったこともあり、愛媛県側からは結構クルマの量も多く、気が抜けない運転になりました。ちなみに、平成23年(2011年)に地芳峠の下を貫く地芳トンネルを含む国道440号線のバイパス道路「地芳道路」が開通し、現在、愛媛県と高知県間の通行のほとんどは、この地芳道路を使っています。

地芳峠越えの国道440号線は、国道とは名ばかりのいわゆる“酷道”で、林間を行く細い1車線の曲がりくねった坂道です。四国には400番台のこうした“酷道”が幾つもあります。この写真は帰路に高知県側へ下った時に撮影したものです。
 
地芳峠に向かう国道440号線の車窓を撮影したものです。路肩にクルマを停め、車内から撮影しました。峠までこういう車窓が続きます。

地芳峠です。ここが四国カルスト高原の入り口で、ここで愛媛県西予市から高知県高岡郡津野町に至る愛媛県道・高知県道383号四国カルスト公園縦断線に入ります。私が目指したのは四国カルスト高原の中央に位置する「姫鶴平(めづるだいら)」。ここには、宿泊施設やキャンプ場が点在する観光拠点になっています。


地芳峠(じよしとうげ)です。ここから天狗高原までの愛媛県道・高知県道383号四国カルスト公園縦断線の区間が、カルスト地形が顕著なところです。

四国カルスト高原の中央に位置する姫鶴平(めづるだいら)です。ここには、宿泊施設やキャンプ場が点在する観光拠点になっており、姫鶴平から五段高原の先まで行って帰ってくる遊歩道(農道)があります。

四国カルスト高原は久万高原町(旧柳谷村)を中心に西は西予市、北は喜多郡内子町、さらに南は高知県の高岡郡檮原町と津野町にかけて広大に広がるカルスト台地で、とても日本とは思えないような雄大で美しい高原の風景が楽しめるところなのですが、地芳峠からこの姫鶴平を経て、五段高原(ごだんこうげん)、天狗高原に繋がる愛媛県道・高知県道383号四国カルスト公園縦断線沿いの標高約1,000~1,400メートルの区間が、最もカルスト地形が顕著に現れているところです。ここでは、羊が群れたように見えるカッレンフェルトや、雨の染み込む割れ目が拡がり、すり鉢状の地形となったドリーネが見られます。


標高約1,380メートルの姫鶴平までは愛媛県道・高知県道383号四国カルスト公園縦断線が通っているので、クルマで来ることができます。ただ1車線の細い道路なので、大型車両は通行できません。

四国カルストでは、7月のこの時期、高原の夏を黄色く彩るハンカイソウ(樊噲草)が開花しています。ハンカイソウはキク科の多年草で、高さ約1メートルの茎に直径7cmほどの花をつけます。

「四国カルスト高原」は、山口県の「秋吉台」、福岡県の「平尾台」と並ぶ日本三大カルストの1つで、3つのカルストの中では一番標高の高い場所にあります。カルストとは石灰岩などでできた地形のこと。長い年月の間に雨などによる浸食で石灰岩が地表に現れているのが特徴です。前述のように、石灰岩は炭酸カルシウム(CaCO3)を50%以上含む堆積岩のことで、有孔虫、ウミユリ、サンゴ、貝類、円石藻、石灰藻などの古代の海の生物の殻(主成分が炭酸カルシウム)が堆積してできたものとされています。と言うことは、このあたりは太古の昔には海底で、その後の地殻変動でこの標高約1,000~1,400メートルまで隆起してきたと言うわけです。そして、その地殻変動の主たるものは中央構造線の断層活動によるものです。

四国カルストでは、石灰岩が羊の群れのように見えるカレンフェルトや、ドリーネと呼ばれる窪地など、カルスト特有の景色が楽しめます。


四国カルストの石灰岩は下位に緑色岩が見られることから海底火山の上にできた造礁サンゴであり、含まれるサンゴやフズリナの化石から形成期は古生代の二畳紀(2億8,600万年前から2億4,800万年前)であることが分かっています。


石灰岩です。

姫鶴平の駐車場に愛車ハスラー君を停め、天狗高原まで遊歩道を歩いてみることにしました。大きな風車を望むとともに、春から秋にかけては放牧された牛が草を食べる牧歌的光景が見られます。とても日本のものとは思えない感動を覚える風景で、「日本のスイス」と呼ばれているのも、納得させられます。

日本とは思えない牧歌的な風景です。さすが「日本のスイス」と呼ばれる四国カルストです。眼下に見えている建物は牛舎です。

春から秋にかけては放牧された牛が草を食べる牧歌的光景が見られます。とても日本のものとは思えない感動を覚える風景で、「日本のスイス」と呼ばれています。

風車から東側が「五段高原(ごだんこうげん)」です。前述のように、石灰岩が羊の群れのように見えるカレンフェルトや、ドリーネと呼ばれる窪地など、カルスト特有の景色が楽しめます。標高1,456メートルの四国カルスト高原最高地点は「五段城(ごだんじょう)」と呼ばれ、好天の日には南側(高知県側)に太平洋まで見渡せる絶景ポイントです。あいにくこの日は雲が多いのと、遠方が霞んでいたため、太平洋までは見えませんでした。東側にも霞んではいましたが、西日本最高峰の石鎚山(1,982メートル)の山容が、うっすらと見えました。


姫鶴平の駐車場にハスラー君を停めて、周囲をウォーキングしました。風車から東側が「五段高原(ごだんこうげん)」です。五段高原の最高地点は標高1,456メートルの「五段城(ごだんじょう)」です。駐車場には四国4県だけでなく、神戸ナンバーや川崎ナンバー、多摩ナンバーといったクルマが並んでいます。全国区になってきました。さすがに標高1,400メートル。結構涼しくて、7月と言っても長袖の上着が必要でした。

愛媛県側(北東方向)を見たところです。霞んではいましたが、西日本最高峰の石鎚山(1,982メートル)の山容が、うっすらと見えています。(中央に見える2つ並んだ三角の山の間です)  標高1,800メートルを超える高い四国山地の山々が幾重にも屏風のように立ち並んでいます。

日本の国土面積のうち、山地が占める割合は、約3/4で、73~75%くらいと言われています。このように山地が卓越する我が国においても、特に四国はさらに山がちなところなんです。国土地理院の提供している国土数値情報に基づく地方別山地割合を見ると、数値の高い順に四国80%、中国74%、中部71%、近畿64%、東北64%、九州64%、北海道49%、関東41%となっています。中でも高知県と愛媛県の両県は山地の割合が86%、83%と8割を超えているのが特徴です。 標高別面積をみると、四国は全国平均に比べ、300メートル~1,000メートルの標高の面積割合が高く、中山間地と言われるところが多いのが特徴です。関西以西の府県別平均標高をみると、1位の奈良県の570メートルに次ぎ、2位は徳島県の461メートル、3位は高知県の433メートル、4位は愛媛県の403メートルと、香川県以外の四国3県は完全な山国といえます。奈良県は海に面していない県なので平均標高が高いのも分かりますが、四国の3県はいずれも海に面していてこの平均標高ということは、驚くべきことだと思います。それはすなわち、四国は海から山がすぐに立ち上がっているような地形と言うことを意味しています。なので、四国に来てみると、視界の中には必ずかなり近いところに山が迫ってきているのに驚かれると思います。


四国カルスト高原牛乳100%のソフトクリームです。味が濃くて美味しいです。バックは 高知県側(南東方向)です。急峻な四国山地の山々が屏風のように立ち並ぶ愛媛県側と異なり、こちら側にはさほど高い山はありません。晴れていれば遠くに太平洋が見えるのですが、この日は霞んでいて、見えませんでした。

第99回では石鎚土小屋と面河渓をご紹介させていただきましたが、今回は四国カルスト高原。このように愛媛は山にも魅力的なところがいっぱいあります。海と山、まるで自然の魅力あふれるジオパークですね。


2023年1月28日土曜日

デジタルの“地産地消”へ

公開日2023/01/05

[晴れ時々ちょっと横道]第100回 デジタルの“地産地消”へ


皆様、新年、明けましておめでとうございます。

世界的規模で猛威を奮う新型コロナウイルスの感染拡大騒動の完全終息までには、まだもう少し時間がかかりそうですが、そういう中でも感染拡大防止のための様々な制約を知恵と工夫で乗り越えて、ご一緒に頑張っていきましょう。

今年一年が皆様にとりまして素晴らしい一年になりますことを、心よりお祈り申し上げます。

春や昔 十五万石の 城下かな  正岡子規

初日さす 硯(すずり)の海に 波もなし  正岡子規


私が言うまでもなく、新型コロナウイルスの感染拡大騒動が長引く中で、世の中は大きく様変わりをしています。その様変わりを生み出している大きな原動力になっているものが、“デジタル”です。特にビジネスの世界では、デジタル通信技術の進展により、働く場所の固定化の概念が薄れ、在宅ワークやワーケーションなどが当たり前のように行われるようになってきて、働く環境(インフラ)が大きく様変わりしてきています。また、それに伴って、ビジネスシーンでのペーパーレス化が一気に進展し、多種多様なクラウドサービスやモバイルアプリが提供されるようになってきています。

 「デジタル変革」を意味するDX(Digital Transformation)という言葉も新聞や雑誌などでたびたび目にするようになりました。このDXとは、企業がAI、IoT、ビッグデータなどのデジタル技術を用いて、業務フローの改善や新たなビジネスモデルの創出だけでなく、レガシーシステムからの脱却や企業風土の変革等を実現させることを意味する言葉ですが、今やDXの推進はあらゆる企業にとって、変化の激しい時代の中で、市場における競争優位性を維持し続けるための重要なテーマの1つとなっている感さえします。

 そうした中、このDXの推進を担う人材、いわゆる「デジタル人材」の育成が社会的な急務となっています。デジタル人材とは、「IoT」「AI」「生体認証」「クラウド」「5G」「ビッグデータ」といった最先端のデジタル技術を活用して、企業等に対して新たな価値提供ができる人材のことですが、DXの推進を担う多様な人材の総称と捉える必要があると私は思っています。よく誤解されることですが、エンジニアやデータサイエンティストといった専門的知識を持った人材だけがデジタル人材というわけではありません。DX推進に必要なスキルには、デジタルエンジニアリングやデータサイエンスといった技術系スキルと、ビジネス系の「ビジネス・サービス設計」「組織・プロジェクト管理」のスキルの両面があります。

DX(Digital Transformation)推進に必要なスキルセット

よく「デジタル人材が不足している」という言葉を耳にすることがあり、デジタルエンジニアリングやデータサイエンスといった技術系スキルを持った人材の育成について議論されることが多いのですが、私に言わせると、それってデジタルのマーケットがちゃんとできた以降の話で、今圧倒的に不足して、育成が急務なのはデジタルマーケットを創出できるビジネス系スキルを有する人材の育成ではないでしょうか。明確なデジタルのマーケットさえ目の前に現れてきたら、IT企業だってデジタルエンジニアリングやデータサイエンスといった技術系スキルを持った人材の育成に本腰を入れて取り組むでしょうし、ベースとなるIT技術を持った技術系人材なら題材さえ与えられたら急激にスキルアップしていくことは容易に可能であると、私は思っています。残念ながら、今は明確なデジタルマーケットがまだ見えてきていないため、何に取り組んでいいのか分からない状態なのではないでしょうか。世の中に「ニワトリが先か、卵が先か」という言葉がありますが、デジタルに関して言えば、明らかにデジタルマーケットの創出が先で、人材育成もそのデジタルマーケットを創出できるビジネス系スキルを持った人材を育成するほうが先だ、と私は思っています。

 私は、現在、愛媛大学、松山大学、松山東雲女子大学、松山東雲短期大学という4つの大学で、デジタル人材育成に関わる愛媛県寄附講座のプロデューサー兼非常勤講師をさせていただいています。ことの発端は5年前の2018年7月。私は前の月の6月下旬に15年間務めさせていただいた気象情報会社ハレックスの代表取締役社長を退任し、松山市に本社のあるNTTデータ四国を含む複数のNTTデータグループ会社の顧問に就任しました。

着任後すぐに旧知の田中英樹・愛媛県経済労働部長(当時。現副知事)のところに着任のご挨拶に伺ったのですが、その時、田中部長からこんなご依頼がありました。「地元の松山大学が2023年に創立100周年を迎えます。松山大学はこの100年の間に地元愛媛県の経済界に多くの優秀な人材を輩出していることから、創立100周年を記念して、松山大学を盛り立てようと、今年(2018年)3月に愛媛県と包括連携協定を締結したんです。で、その包括連携協定に基づき愛媛県寄附講座を開講しようと思っていたところなんです。ちょうどいい人が来てくれました。主に経営学部の学生を相手に実践経営学のような講義をやっていただけませんか?」

田中部長は私が創業以来10年連続の赤字で倒産寸前の崖っぷち状態だったハレックス社の経営を僅か3年間で黒字経営に転換して、15年間社長を務めたということをご存知だったので、そういうご依頼をいただいたのですが、そのご依頼に対して、私は次のような回答をさせていただきました。「田中さん、本屋に行ったら経営に関する本がいっぱい並んでいるでしょ。あれってなんでだかご存知ですか? それってどの本も正解じゃあないってことです。どれか1つの本が正解なら、その本しか売れません。いっぱいいろんな本が並んで売られているということは、どれも正解じゃあないってことです。なので、そんな無責任なこと、私からは教えられません。しかし、そういうお声を掛けていただいたことは光栄なことですので、少しお時間をいただけますか? 私なりに何が教えられるのか考えてみます。」NTTデータの複数のグループ会社の顧問をお引き受けしたのも、これからはビジネスの現場を離れて、次の世代を担ってもらわないといけない若い人達の育成に力を注いでみようと思ったから。なので、郷里愛媛県の若者達の育成に力を貸してほしいという田中経済労働部長(当時)からのご依頼は嬉しかったですね。

検討のご依頼のあった愛媛県寄附講座は県庁の経済労働部が主管部署になるとのこと。その経済労働部の主たる役割は、愛媛県の地域経済の活性化を図り、雇用を増やすとともに勤労者福祉の向上を図ること。ということなので、まずは愛媛県の産業の状況について調べることから着手しました。

愛媛県企画振興部が発表している令和元年度愛媛県県民経済計算によると、令和元年度における愛媛県の1人あたりの県民所得は2,717千円で、全国平均(3,181千円)を大きく下回っており、四国4県でも香川県・徳島県の後塵を拝しています。愛媛県の県内総生産(名目)は四国全体の約5割に迫る約5兆1,482億円(令和元年)で、その産業構造を生産額ベースで見ると、第1次産業(農林水産業など)が約2.2%、第2次産業(鉱業、建設業、製造業など)が約30.0%、第3次産業(卸売・小売業、運輸業、情報通信業、金融・保険業、サービス業など)が約67.6%となっています。1人あたりの県民所得を上げるためには、県民総生産の2/3以上約67.6%を占める第3次産業、特にその中でも比較的労働単価の高いIT産業をこれまで以上に活性化して、雇用を増大する必要があるのではないか…と考えました。次に、その活性化したIT産業が生み出すソリューションの提供力で、県全体の産業の生産性を向上させる…そういうシナリオです。誤解がないように言っておきますと、全国平均と愛媛県との1人あたりの所得の大きなギャップ、私はこれを決して悲観的には捉えておりません。愛媛県という地域と県民の皆さんの潜在的なポテンシャルの高さを考えると。このギャップは“伸びしろ”、それも十分追いつき、追い越すことができる“伸びしろ”だと、極めて前向きに捉えています。

で、その愛媛県のIT産業ですが、これまではお客様が発注した情報システムの受託開発、あるいは“ニアショア”と言って、首都圏や関西圏の大手IT企業の下請けとして、開発業務の部分的もしくは全部を外注してもらうことが事業の大きな柱でした。私はそれを否定するつもりはありませんが、それではあくまでも“受け身”の事業展開。こちらから積極的に市場を開拓していって事業規模を拡大する…といった展開を期待するべくもありません。地元IT企業の業績を拡大していくためには、お客様が抱える経営上の課題や業務上の課題を発見・分析し、解決策を提案、そしてその解決策の実現までをも一連のサービスとしてご提供するソリューション提供企業に脱皮していく必要があります。ですが、“言うは易し”で、お客様が抱える課題を発見・分析し、解決策を提案するということは、お客様のビジネスやサービス、さらには組織に関する高い知識や分析スキルを必要とするため、あくまでもお客様の外部に位置するIT企業でできることは限られています。お客様の抱える課題はお客様ご自身が中心となってある程度発見・分析を行っていただき、解決策をご提案する段階からIT企業が深く関与していく…というスタイルが現実に合っているし、より効果的だと判断したわけです。これにより愛媛県内のITマーケットを拡大し、県内のIT企業もそのマーケットの拡大にあわせて、事業形態をソリューション提供企業に変革するとともに事業規模も拡大していけるのではないか…と考えたわけです。言ってみれば、地元大学の講義をスタートにして、ITビジネスやデジタルビジネスの“地産地消”の仕組みを創り上げることにチャレンジしてみようとしたわけです。

ということで、愛媛県寄附講座の主たるテーマをITやデジタルに定め、講座の設計をすることにしました。松山大学は大正12年(1923年)に創立された松山高等商業学校を母体とする大学で、経済学部、経営学部、人文学部、法学部、薬学部の5学部6学科で構成されています。私は大学の文系や理系の区別なんて昭和の時代の遺物くらいにしか思っていないのですが、いわゆる文系学部が主体の大学です。これで思いっきり“割り切り”ができました。工学部をはじめとした理系の学部の学生さんに対しては、どうしても“技術系スキル”を持った人材の育成を中心に講座を組み立てがちなのですが、文系の学生さんが相手ということで、ITを活用できる“ビジネス系スキル”を持った人材を育成することをコンセプトにして講座を組み立てることにしました。文系の学部の学生さんは、卒業後、県内の幅広い分野の業種業態の企業に就職することになり、ITのことをある程度知ってる人材が県内の幅広い分野の業種業態の企業に散ることになりますから、そこで愛媛県内企業におけるITレベルの底上げとITマーケットの創出に間違いなく結びつくと思ったわけです。もちろん、その中から県内のIT企業に就職してくる学生さんが出てきてくれたら、それはそれで嬉しいな…とのIT業界出身者としての“打算”もありました。

松山大学文教キャンパスです。

松山大学文教キャンパスの正門近くに立つ松山大学の創始者の1人、新田長次郎翁の銅像です。私は講義のために正門を通るたびに、素晴らしいチャンスを与えていただいたこの新田長次郎翁の銅像に一礼するようにしています。

ITを活用できる“ビジネス系スキル”を持った人材を育成するというために、講座の主軸に据えたのが『サービスデザイン』。すなわち、「デザイン思考」という考え方、方法論の普及ということでした。デザイン思考とは、デザイナーがデザインを考案する際に用いるプロセスを、ビジネス上の課題解決のために活用する考え方のことです。前例のない課題や未知の問題に対して最適な解決を図るための思考法として、欧米などでは10年ほど前から注目されている考え方です。ユーザー視点に立ってサービスやプロダクトの本質的な課題・ニーズを発見し、ビジネス上の課題を解決するための思考法とも言えるもので、DX (Digital Transformation)が求められるようになって、やっとこのデザイン思考に注目が集まるようになってきました。デザイン思考が注目されるようになった背景としては、市場構造の変化があります。これまで、製品やサービスなどを開発する現場では、マーケットやユーザーニーズを調査し、仮説を設定・検証して製品を開発するという、「仮説検証型」のアプローチが主流でした。ただ、変化が激しく未来の予測が難しくなった「VUCAの時代」では、このスタイルがもはや通用しなくなってしまっているように思います。リサーチを行っても、課題の本質を迅速に捉えることが難しい案件が急増しているためです。また、急速な技術革新により、社会構造が大きく変化していることも見逃せません。それらの結果として、イノベーションを導きやすい「デザイン思考」という考え方がクローズアップされていると言えます。私はこれまで大手IT企業の営業としてお客様と接していて、漠然と「デザイン思考」への転換の必要性を感じていましたし、気象情報会社の社長としては、まさに「デザイン思考」を主軸に据えて、自社の事業の定義を書き換えるような変革をやり続けてきました。そういうこともあって、愛媛県寄附講座のコンセプトや講義内容を検討すること自体から、「デザイン思考」の考え方を取り入れたつもりです。

 (注: VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語で、社会やビジネスにとって、未来の予測が難しくなった現代社会の特性を表しています。)

 

「デザイン思考」のプロセス

愛媛県寄附講座の検討の依頼を受けて1ヶ月後に講義カリキュラムの案を含む企画書を作成し、それを愛媛県経済労働部に赴いて説明したところ、すぐにご理解いただいて、企画案を全面的に“即採用”ということになりました。そこで、次に細部の詰めの設計に移ったわけですが、最初に行ったのが講師陣の編成でした。私は今も埼玉県に自宅があることから、私が90分の講義を15コマ全て行うのはさすがに厳しいな…ということもあり、県内のIT企業に講師派遣の協力をお願いすることにしました。NTTデータ四国の顧問として約半世紀ぶりに松山に戻ってきて感じたことは、地元愛媛にも、なかなか面白くて勢いのあるIT企業、それも従来からの受託開発中心の企業ではなく、ソリューション提供に軸足を置いていたり、脱皮を目指しているIT企業が幾つもあるな…ということ。ただ残念なことに、規模が小さいが故に活躍の場が限られていて、その存在が広く知られていないこと。これでは私が目指すITビジネスやデジタルビジネスの“地産地消”の仕組みを創り上げる上では大きな障壁になります。また、IT企業サイドにとっても優秀な学生さんを採用したくとも、存在が知られていないのであれば、ほとんど集まりません。これではせっかく育成した優秀な学生さんの県外流出に歯止めが効かず、愛媛県寄附講座の本来の意義にそぐわなくなりかねません。ということで、愛媛県経済労働部の担当者さんとご一緒に企画書を持って愛媛県内のIT企業10社ほどに講師派遣のお願いに伺ったのですが、どの会社の社長(あるいは経営幹部)もすぐに趣旨にご賛同いただき、講師派遣の依頼をご快諾いただきました。依頼文には、講師はできたら松山大学の卒業生が望ましい…という一文を入れたのですが(学生さんに自分の将来の姿をイメージしてもらうため)、中には「後輩のためなら、自分が登壇します」と言っていただいた松山大学の卒業生の社長が数名いらっしゃたりもしました。また、依頼文には、女性、あるいは外国人の講師も探しています…という一文も入れさせていただきました。特に、外国人の講師は「四国の愛媛の企業でも、こうして世界に繋がっているんだ」ということを知っていただく上で、重要だと思いましたから(実際、地元IT企業に勤務する女性管理職や外国人社員の方にも登壇いただいています)。

こうして約1年間の準備期間を経て、15コマの講義をプロデューサー兼任の私と地元IT企業、それと東京から招聘する私の友人2名(どちらもDXとサービスデザインの分野で全国的に有名な専門家)で受け持つ愛媛県寄附講座「文系学生のための最先端IT入門」が2019年度の後期講義(9月下旬〜翌年の2月上旬)でスタートしました。初年度は対面での講義だったのですが、2年目(2020年度)のすべての講義と3年目(2021年度)の一部の講義は新型コロナウイルスの感染拡大の影響でオンラインによる講義となりましたが、聴講してくれた学生さんの反応や感想を参考に毎年のように改良を重ね、今に至っています。

この愛媛県寄附講座は、当初は2019年度から3年間の時限施策ではあったのですが、登壇いただいた講師の皆さんの頑張りのおかげで、聴講してくれた学生さんの反応が極めていいことと、政府(岸田文雄内閣総理大臣)が2021年6月に打ち出した「デジタル田園都市国家構想」において、「2026年度末までに、デジタル推進人材230万人育成を目指す」と明記されていることもあって、4年目以降の延長が早々と決定。くわえて、2022年度から愛媛大学、松山東雲女子大学、松山東雲短期大学への横展開も始まりました。中でも、松山東雲女子大学と松山東雲短期大学では1年生全員の必須科目になっているところが、特筆すべきところです。さらに、2023年度からは聖カタリナ大学や2022年4月に松山市に開校した人間環境大学 総合心理学部にも展開されることが決まり、愛媛大学では工学部をはじめとした理系学部の学生さんも対象とした全学共通講座に“格上げ”されることにもなりました。これで愛媛県内のほぼすべての大学で、デジタル人材育成に関わらさせていただくことになりました。また、愛媛大学に今年4月に開設される新しい大学院修士課程コース「地域レジリエンス学環」にもなんらかの形で関わってほしいとの依頼も受けています。この地域レジリエンス学環は、理系や文系の垣根を越えて、地域の課題を解決できる人材を養成することを目的に設置されるもので、そこにもデジタルエンジニアリングやデータサイエンスといった技術やサービスデザインの考え方の活用が重要な鍵を握ります。このように「ITやデジタルを活用できる“ビジネス系スキル”を持った人材を育成する」という明確な共通コンセプトを持って、自治体(県)が主導してデジタル人材育成に積極的に取り組んでいる都道府県は、現在のところ愛媛県だけではないか…と私は思っています。

こうした流れの中、昨年末の12月19日、愛媛県は松山大学、愛媛大学、松山東雲女子大学、人間環境大学という県内4つの大学と覚書を締結し、連携を進めていくことになりました。覚書には、デジタル技術を生かして地域で活躍できる人材の育成に向けて、教員や学生の人的交流や施設の相互利用など6つの項目での連携が盛り込まれていて、今後は、情報分野の学部や大学院の修士課程コースの新設など具体的な施策を検討していくということのようです。県によるとデジタル人材の育成に向けて、自治体が地元の国立大学や私立大学と連携することは全国的にも先駆けた取り組みだということのようです。

https://www.ehime-np.co.jp/article/news202212190076   県と県内4大学デジタル人材育成確保へ連携協力の覚書締結(愛媛新聞2022年12月19日)

愛媛大学城北キャンパスです。

松山東雲女子大学・短期大学の桑原キャンパスです。

いっぽうで、松山大学で非常勤講師を務めていただいている地元IT企業の方々を中心に、愛媛県内におけるデジタルマーケットの拡大、すなわち、DX(digital transformation)の民間ベースでの推進に本気になって取り組む団体を作ろうという声が自然発生的にあがり、2020年の12月に結成したのが「愛媛デジタルデータソリューション協会(EDS)」。私はメンバーの中の最年長者であるということもあり、EDSの初代会長を務めさせていただいています。EDSでは愛媛県中小企業家同友会様や松山市中小企業振興円卓会議専門部会様等からの依頼を受けて、社会人向けの「松山DX勉強会」の運営をお手伝いさせていただいていて、愛媛県内におけるデジタルマーケットの拡大に真正面から取り組まさせていただいています。

 

私の講義風景です(愛媛大学)

さる11月20日に投開票が行われた愛媛県知事選挙では、現職の中村時広候補が9割を超える得票率での圧勝で、連続4回目の当選を果たしました。報道によると、4選を果たした中村時広知事は「多くの皆様への感謝の気持ちで心がいっぱいだが、すぐに仕事を始めなければならない緊張感が今はある。公約は決して口約束ではなく、実行に移して期待に応えると訴えてきた。明日から全力投球することをお約束する」と述べた…と書かれています。その中村時広知事が公約に掲げた「政策の三本柱」は次の3つです。

 ① 西日本豪雨災害からの復興と防災・減災対策

② 人口減少対策

③ 地域経済の活性化

このうち、公約の③地域経済の活性化のところには、このように書かれています。

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③地域経済の活性化

「政策課題への挑戦」で示すように、実需の創出に徹底的にこだわりつつ、愛媛の地域特性に応じた産業立地の強みを活かしながら、戦略的な産業展開を図ります。農林水産分野では、農林水産業の振興とブランド化、販路拡大等による「儲かる農林水産業」 を振興します。観光分野では、世界から選ばれる地域を目指します。さらに、世界の、特にアジアの成長を取り込み、地域経済の活性化を図ります。また、地域産業のデジタル変革と、それを支えるデジタル人材の育成は、今後の地域経済の活性化に不可欠です。令和4年2月に発表した「あたらしい愛媛の未来を切り拓くDX実行プラン」に基づき、DXの推進と、人材育成を車の両輪として力強く進めます。

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一番最後に書かれているデジタル人材の育成に関しては、EDSのメンバーが中心となって、まさに県から依頼を受けた“実働部隊”として、松山大学や愛媛大学等での愛媛県寄附講座の講師を務めさせていただいておりますし、松山DX勉強会の運営を通して、社会人のデジタル人材育成にも取り組まさせていただいております。

また、中村時広知事の公約の③地域経済の活性化の項の一番最初に書かれている「実需の創出に徹底的にこだわりつつ」という言葉も、私が持論として常に言い続けている「とにかくマーケット(需要)の創出がまず先! いくら優れた技術があったとしても、そこにマーケットがないと何も始まらん!」に繋がります。とにかく、デジタルマーケット(需要)の創出こそが、愛媛県内のDX推進において、まず最初に取り組むべき重要な課題であると私は考えています。

知事の公約ということは、これから最低でも4年間は愛媛県内においてこのデジタル化に向けての動きは続きますし、ドンドン加速していくものと思っています。その加速の勢いは、デジタル人材育成関連の愛媛県寄附講座の対象大学の拡がりに現れています。まずはデジタルマーケットの創出に向け、私も微力ながらお手伝いさせていただきます。目指すはデジタルサービスを“地産地消”するマーケットを、愛媛県内で1日も早く創出することです! 愛媛県はその潜在的なポテンシャルを十分に秘めている、と私は思っています。とにかく、愛媛の未来は明るい!…です。現在私は自宅のある埼玉県さいたま市と実家のある愛媛県松山市との二重拠点生活を送っているのですが、今年はこれまで以上に愛媛にいる時間が増えそうです。

 

【追記】

私のコラム『晴れ時々ちょっと横道』も平成26年(2014年)10月2日に「第1回:はじめまして、覚醒愛媛県人です」を掲載させていただいてから連載9年目に入り、今回の令和5年(2023年)1月5日号が、記念すべき連載第100号という1つの区切りの回を迎えることができました。連載開始当初は、正直、こんなに長く連載を続けることになるとは思いもしませんでした。これもひとえにお読みいただいてくださる読者の皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。

連載が100回という大台を超えてくると、さすがにネタ探しに苦労するようになってきていますが、そのネタ探しという目的をもってアンテナ感度を高めているおかげで、私自身も郷里愛媛県のことを知るいいキッカケになっていると感じています。まぁ、調べれば調べるほど、愛媛県は底なしの魅力を秘めた実に面白いところです。

引き続き、皆様に飽きられるまでは連載を続けていくつもりでおりますので、今後ともお付き合いのほどを、よろしくお願いいたします。

 

2022年6月22日水曜日

鉄分補給シリーズ(その6):伊予鉄南予バス面河・石鎚土小屋線③

公開予定日2022/12/03

 

[晴れ時々ちょっと横道]第99回 鉄分補給シリーズ(その6):伊予鉄南予バス面河・石鎚土小屋線③ 


面河山岳博物館から面河渓を上流に向かって遊歩道を歩いていきます。深い淵の底が透けて見えるほど透明で、若干エメラルドグリーン色をした水が神秘的な雰囲気を醸し出しています。まさに清流、心洗われる風景です。


面河渓を流れる水は深い淵の底が透けて見えるほど透明で、若干エメラルドグリーン色をした水が神秘的な雰囲気を醸し出しています。まさに清流、心洗われる風景です。

切り立った安山岩の岩壁に沿って遊歩道が伸びています。

かつて石鎚スカイラインの建設に伴う落石により渓谷が埋まるという自然破壊が問題化したことがありました。今は時間が経ってその傷痕も“自然治癒”し、素晴らしい渓谷美が戻っています。

 

面河川で最も幅の狭い峡谷である「関門」です。関門には両側から高さ70メートルもの絶壁がそそり立っていて、文字通りの関門になっています。この関門は幅が狭い渓谷であることから、別名「猿飛岩」とも呼ばれており、大正時代に忍者ブームを起こした立川文庫のヒーロー・猿飛佐助の名前の由来となったといわれています。


面河川で最も幅の狭い峡谷である「関門」です。この関門は幅が狭い渓谷であることから、別名「猿飛岩」とも呼ばれています。

関門には両側から高さ70メートルもの絶壁がそそり立っていて、文字通りの関門になっています。


「名勝 面河渓」の碑が立っています。関門は面河渓の記念撮影の場所になっています。


関門の先に「空船橋」が見えます。空船橋は関門に架かる擬木の橋で、空に浮かぶような神秘的な雰囲気が漂う絶景ポイントです。ただ、遊歩道は落石のため、当面の間、通行止めとなっています。なので、その空船橋には行くことができませんでした。


関門の先に「空船橋」が見えます。空船橋は関門に架かる擬木の橋で、空に浮かぶような神秘的な雰囲気が漂う絶景ポイントです。

遊歩道は落石のため、この先の区間は、当面の間、通行止めとなっています。

いったん面河山岳博物館まで戻り、林道(?)を上流方向に歩いていきます。面河山岳博物館から五色河原まで自動車が通れる道路が伸びています。この道路は面河渓が石鎚山系の一帯が石鎚国定公園に指定され、面河渓観光の盛り上がりがピークに達した昭和30年(1955年)に開通した道路です。とは言え、クルマ1台がやっと通れるくらいの細い道路で、大型車の通行はできません。途中にこのような安山岩の硬い岩盤を掘削して通した岩肌剥き出しの小さなトンネルが3つあります。


いったん面河山岳博物館まで戻り、林道(?)を上流方向に歩いていきます。途中にこのような安山岩の硬い岩盤を掘削して通した岩肌剥き出しの小さなトンネルが3つあります。


安山岩の板状節理ですね。面河渓では第三紀に三波川変成岩帯を覆う石鎚カルデラを形成した火山活動があり、今も直径7キロメートルにわたって安山岩が分布しています。


先ほどの関門です。ここから見ると、左右両側から安山岩の板状節理が発達した高さ70メートルもの岩壁がそそり立っていて、文字通りの関門になっているのが分かります。


先ほどの関門です。左右両側に聳える安山岩の塊は高さが70メートルとあまりに大きすぎて、その全貌を写真に撮ることができません。

前方から、「ロードレーサー」と呼ばれるロードレース専用の自転車に跨った集団がやってきました。先ほど石鎚土小屋から面河渓までバスで下ってくる途中でも、ロードレーサーに跨って、自動車でも苦労するような急勾配の登り坂を登ってくる集団と幾つかすれ違いました。おそらくこの先にある面河渓の駐車場をスタートして石鎚土小屋を目指しているのでしょうね。


前方から、「ロードレーサー」と呼ばれるロードレース専用の自転車に跨った集団がやってきました。先ほど石鎚土小屋から面河渓までバスで下ってくる途中でも、ロードレーサーに跨って、自動車でも苦労するような急勾配の登り坂を登ってくる集団と幾つかすれ違いました。愛媛のサイクリストは半端じゃあないです。

面河川にかかるアーチ型の「五色橋」を渡った先に駐車場があります。橋から眺める「五色河原」の風景に早くも見入ってしまいます。


面河川にかかるアーチ型の橋、「五色橋」です。この五色橋を渡った先に駐車場があります。橋から眺める「五色河原」の風景に早くも見入ってしまいます。

絶景スポットの「五色河原」です。五色河原という地名は五色河原の中心である五色橋近くを流れる面河川が、紅葉の赤色や川底の藻の緑色、花崗岩の白色、水の青、苔の黒色といった五色に彩られることから付けられた地名です。五色河原の名の通り、周辺を取り巻く自然の色の豊かさが印象的なスポットです。


絶景スポットの「五色河原」です。五色河原という地名は五色河原の中心である五色橋近くを流れる面河川が、紅葉の赤色や川底の藻の緑色、花崗岩の白色、水の青、苔の黒色といった五色に彩られることから付けられた地名です。

五色橋のたもとに「面河国民の森」の石碑が立っています。面河渓の手つかずの自然は「未来に残したい日本の自然100選」や「水源の森百選」にも選ばれていますので、まさに国民の森ですね。

その五色河原から面河川沿いに進んですぐのところに見えるのが、断崖絶壁の「亀腹(かめばら)」です。亀腹は高さは約100メートル、幅は約200メートルというほぼ垂直に立つ巨大な花崗岩の一枚岩でできた壁で、まるで亀の腹の部分のように見えるということから亀腹と名付けられたといわれています。春には一帯にアケボノツツジが鮮やかな花色を見せてくれる、面河渓谷を代表する絶景の一つです。


断崖絶壁の「亀腹(かめばら)」です。亀腹は高さは約100メートル、幅は約200メートルというほぼ垂直に立つ巨大な花崗岩の一枚岩でできた壁で、まるで亀の腹の部分のように見えるということから亀腹と名付けられたといわれています。右端にヒトが何人か小さく写っているのですが、そのヒトとの対比で亀腹の大きさをイメージしてみてください。

その亀腹の面河川を挟んだ対岸にある渓泉亭・面河茶屋で、昼食をいただきました。いただいたのはアマゴの塩焼き(甘露煮もあり)、刺身こんにゃく、郷土料理のだんご汁などがセットになった面河定食。目前に奇岩・亀腹がそびえ立つ絶景を眺めながらの食事は格別でした。


亀腹の面河川を挟んだ対岸にある渓泉亭・面河茶屋です。

渓泉亭・面河茶屋でいただいたのは、アマゴの塩焼き(甘露煮もあり)、刺身こんにゃく、郷土料理のだんご汁などがセットになった面河定食です。

この渓泉亭・面河茶屋の店内にはここを訪れた人達が撮影した四季折々の面河渓の風景を撮影した写真が飾られています。面河渓は愛媛県随一の紅葉の名所として知られており、面河渓=秋のイメージが強いのですが、他の季節の面河渓の風景も素晴らしいものがあります。特に素晴らしいのは冬。雪や氷の中の面河渓の風景は幻想的です。渓泉亭・面河茶屋の方の話によると、冬季、石鎚スカイラインは閉鎖されるけど、渓泉亭・面河茶屋まではスノータイヤを履いていれば、ほぼチェーンなしでも自動車で来られるのだとか。さらに、意外だったのは、雨の日に撮影した写真も多くあること。雨の日にだけ現れる渓泉亭・面河茶屋の対岸にある亀腹の岩肌を流れ落ちる滝の風景も幻想的です。わざわざ雨の日に面河渓を訪れる面河通の人もいらっしゃるのだそうです。

また、渓泉亭・面河茶屋の前には登山届を出すポストが置かれています。ここから上流の向かって伸びる遊歩道は、石鎚山への登山ルートの1つで、この渓泉亭・面河茶屋はその登山口にもなっています。


渓泉亭・面河茶屋の前には登山届を出すポストが置かれています。ここから上流の向かって伸びる遊歩道は、石鎚山への登山ルートの1つで、この渓泉亭・面河茶屋はその登山口にもなっています。ポストの左横には長い棒が何本か立てかけられています。自然木のトレッキングポール(登山用の杖)ですね。ご自由にどうぞ…ということのようです。おやっ! ここにもカカシ(案山子)君がいます。

昼食も摂ったので、渓泉亭・面河茶屋をあとにして、遊歩道をさらに上流に向かって歩いていきます。鶴ヶ瀬橋を渡り、対岸の遊歩道を小鳥のさえずりを耳に、木漏れ日を浴びながら歩きます。このあたりが「蓬莱峡(ほうらいけい)」です。白くしぶきをあげる水が、澄んだ青い淵へ流れ落ちています。蓬莱渓は、時に小さな滝を作りながら流れる涼やかな風景が大変に美しい場所です。水流で角が取れた白い岩の中で、川が一層深みを増し青く見える一方で、少し向こうに視線を向けると、対照的に直線的な模様を刻む褐色の岩肌がそそり立っています。まさに渓谷美です。


鶴ヶ瀬橋を渡ります。

蓬莱峡です。白くしぶきをあげる水が、澄んだ青い淵へ流れ落ちています。

この面河川は、日本一の清流であることで有名な仁淀川の源流であることは前述のとおりです。その仁淀川の水は「仁淀ブルー」と呼ばれる緑がかった神秘的な青色(エメラルドグリーン)をしていることで有名です。今回、面河渓に行ってみて、その仁淀ブルーの正体が分かった感じがします。仁淀川の源流である面河川が流れる一帯の地質は中央構造線の南側に中央構造線に沿って細長く分布する三波川変成岩帯に属します。この三波川変成岩帯を代表する岩石は緑泥片岩。緑色をした岩石で、同じく三波川変成岩帯に属する佐田岬半島でよく見かけました。面河渓でもその緑泥片岩をよく見かけます。加えて、三波川変成岩帯では軟玉の翡翠、ネフライトもよく出てきます。おそらくこれら緑色をした岩石の成分が溶け出して神秘的な青色を生み出しているのでしょうね。

このあたりが「紅葉河原(もみじがわら)」です。ここは両岸にカエデ類の木々が茂り、秋には文字通り紅葉に彩られる面河渓を代表する絶景名所の1つです。新緑を映すような鮮やかなエメラルドグリーンの水は、川底まではっきりと見通せる透明度で豊かに流れています。


紅葉河原です。ここは両岸にカエデ類の木々が茂り、秋には文字通り紅葉に彩られる面河渓を代表する絶景名所の1つです。

遊歩道を小鳥のさえずりを耳に、木漏れ日を浴びながら歩きます。このあたり一帯はカエデを中心とした広葉樹林帯です。

新緑を映すような鮮やかなエメラルドグリーンの水は、川底まではっきりと見通せる透明度で豊かに流れています。

渓谷を流れる水の音をお届けできないのが残念です。心を洗われるような素晴らしい水音です。


「下熊渕(しもくまふち)」です。小瀧のような流れと深いエメラルドグリーンが印象的な渕です。残念ながら、樹々の葉に遮られて、写真ではうまくその美しさが撮れていません。


下熊渕です。樹々が邪魔で写真ではよく分かりませんが、小瀧のような流れと深いエメラルドグリーンが印象的な渕です。

「石鎚登山口」への方向を示す標識が立っています。ここを左に分かれる道が石鎚山への登山道で、この登山道は石鎚山の山頂までここから4時間以上もかけて登る上級者向けの登山コースです。登山道は険しい石段から始まるのですが、その石段を見上げると「石鎚神社」の鳥居が立っています。霊峰石鎚山の頂上にある石鎚神社頂上社の一の鳥居ってところなんでしょうね。


「石鎚登山口」への方向を示す標識が立っています。ここを左に分かれる道が石鎚山への登山道で、この登山道は石鎚山の山頂までここから4時間以上もかけて登る上級者向けの登山コースです。

登山道は険しい石段から始まるのですが、その石段を見上げると「石鎚神社」の鳥居が立っています。霊峰石鎚山の頂上にある石鎚神社頂上社の一の鳥居ってところなんでしょうね。


遊歩道はこの「熊渕橋」を渡ったところにある休憩所が終点です。熊渕橋から眺める上流は「水呑み獅子」と呼ばれる場所で、小さな滝が続いています。「水呑み獅子」は岩が獅子の頭のような形をしていることからついた名称だそうですが、どの岩が獅子の頭のようにも見えるのか、よく分かりません。


遊歩道はこの「熊渕橋」を渡ったところにある休憩所が終点です。

熊渕橋から眺める上流は「水呑み獅子」と呼ばれる場所で、小さな滝が続いています。

熊渕橋の下流方向は「上熊渕(かみくまふち)」と呼ばれるところで、もの凄い透明度の渕を見下ろすことができます。どんなに絵の具を混ぜてもこの色は出せないだろうと思わせるほどの渕の色で、眺めていると吸い込まれてしまいそうになります。


熊渕橋の下流方向は上熊渕と呼ばれるところで、もの凄い透明度の渕を見下ろすことができます。アマゴと思われる体長20cmほどの魚が泳いでいるのが見えます。

熊渕橋を渡った休憩所の前に注意書きの看板が立てられています。奥面河奉行の名で、「ここから先は、一人の者、子供連れの者、手持ち荷物を持つ者、登山靴を着用しない者、その他装備が十分でない者は通行を禁ず」という内容です。また「雨天のときは如何なる場合も通行を禁ず」とも書かれています。この先は「虎ヶ滝」へ向かう道なのですが、岩や倒れた多くの木々で足元が悪く、足を踏み外せば滝のある渓谷へ落ちてしまうという危険な道なのだそうです。一人だし、十分な装備をしていないので、ここで引き返すことにしました。


熊渕橋を渡った休憩所の前に注意書きの看板が立てられています。奥面河奉行の名で、「ここから先は、一人の者、子供連れの者、手持ち荷物を持つ者、登山靴を着用しない者、その他装備が十分でない者は通行を禁ず」という内容です。一人だし、十分な装備をしていないので、ここで引き返すことにしました。

途中、亀腹展望台に向かう道があったので、せっかくなのでそこに立ち寄ることにしました。渓泉亭・面河茶屋の向かいにある亀腹の上にある展望台ということで、距離も短いだろうとたかを括っていたのですが、これが大間違い。さすがに高さ100メートルの安山岩の一枚岩の上に登るというので、大きく迂回することに加えて、かなり急な勾配を登っていきます。遊歩道というよりも登山道ですね、ここは…。面河渓を舐めてはいけないってことですね。


亀腹展望台に向かう遊歩道を登ります。

亀腹の上だけに断崖絶壁になっています。注意して進みます。

途中で何度も気持ちが折れそうになりながらも、なんとか亀腹展望台に到達しました。ただ、この亀腹展望台からは残念ながら樹々が生い茂っていて石鎚山の姿は見えませんでした。樹々の間から辛うじて見えたのはこの山、ニノ森です。ニノ森は石鎚山脈の堂ヶ森より石鎚山に至る縦走ルートの途中にある山で、1,930メートル。愛媛県では石鎚山に次ぐ第2の高峰で山名もこれに由来します。四国でも第4位、西日本でも第5位の高峰です。なかなか美しい山容です。秋には山頂から南側にあるこの面河渓まで紅葉前線が下ってくるそうです。


亀腹展望台から見た愛媛県では石鎚山に次ぐ第2の高峰、ニノ森(1,930メートル)です。美しい山容です。

亀腹展望台への遊歩道(登山道?)は五色橋のところに出てきます。さすがに歩き疲れたので、渓泉亭・面河茶屋に立ち寄ってソフトクリームを食べてひと休みしてから、松山に帰ることにしました。


亀腹展望台への遊歩道を五色橋まで下ってきました。

面河渓の入口にある面河バス停に、17時15分発の久万営業所行きのバスが石鎚土小屋から下ってきました。これに乗車します。バスには乗客がお1人乗っておられます。朝、石鎚土小屋まで行くバスでもご一緒した男性です。石鎚山か瓶ヶ森を登ってこられたのでしょうね。


面河渓の入口にある面河バス停に、17時15分発の久万営業所行きのバスが石鎚土小屋から下ってきました。これに乗車します。

バスは面河川に沿って、緩やかに下っていきます。車窓は新緑が美しく、いつまで眺めていても見飽きません。

定刻の18時10分に久万営業所に到着。JR四国バスの久万高原駅まで歩いて移動し、18時40分、JR松山駅行きのJR四国バス久万高原線のバスで松山に帰ることにしました。JR四国バスの久万高原バス停は自動車駅になっています。自動車駅は、旧国鉄のバス路線におけるバス停留所のうち、鉄道駅と同等の業務を執り行う施設のことです。かつて運行されていたJR四国バス(旧国鉄)の松山高知急行線の「なんごく号」もここに停車し、休憩時間を取っていました。現在、久万高原駅は久万高原町の所有になっています。


JR四国バスの久万高原駅です。久万高原線のJR松山駅行きのバスの前に、落出行きの久万高原町営バス久万落出線のバスも発車の時刻を待っています。

久万高原駅内に、このようなポスターが貼られていました。「第10回 石鎚山ヒルクライム2022」。この石鎚山ヒルクライムは日本最高峰である石鎚山(1,982メートル)を舞台に、全長22.1km(計測区間18.4km・獲得標高1,100メートル・平均勾配6.0%)で登坂の速さを競い合う自転車レースです。まさに、あの石鎚スカイラインを面河渓から石鎚土小屋まで自転車で登って行くタイムレースです。ここ2年間ほど新型コロナウイルスの影響で開催が中止になっていましたが、今年(2022年)は9月4日(日)に3年ぶりに開催されるようです。石鎚スカイラインや面河渓で見かけたロードレーサーに跨って、果敢にも急勾配の登り坂に挑戦していた集団は、おそらくこの石鎚山ヒルクライムに向けての練習をしていたのでしょうね。路線バスで登ってみて、石鎚スカイラインの勾配の厳しさを実感してきたばかりなので(と言っても、私は座席に座っていただけですが…)、レースの過酷さが十分にイメージできます。こういう大会もあるので、ある程度のサイクリストの需要が見込まれるため、伊予鉄南予バスも面河線にサイクルバスを走らせているのでしょうね。


久万高原駅内に今年9月に開催予定の「第10回 石鎚山ヒルクライム2022」のポスターが貼られていました。

愛媛県では、今や“サイクリストの聖地”として全国的、いや世界的にも有名になった瀬戸内しまなみ海道を中心に、県全域を誰もが自転車に親しみ、楽しめる「愛媛マルゴト自転車道」計画が進行中で、国や県、各市町が連携して、既に全28コース、総延長約1,216kmにサイクリングコースを案内するブルーラインが引かれていたり、ピクトグラムが設置されるなどの整備がなされています。この中には、「石鎚山岳輪行コース(全長146.6km)」として石鎚スカイラインや町道瓶ヶ森線(別名:UFOライン)ももちろん含まれておりますし、「伊予灘・佐田岬せとかぜ海道(全長81.8km)」として鉄分補給シリーズ(その4):伊予鉄バス八幡浜三崎特急線でご紹介した佐田岬メロディーラインも含まれています。

このところ鉄分補給シリーズと題して鉄道や路線バス、フェリー等で愛媛県内を旅しているのですが、これがメチャメチャ面白いんです。私はこのコラムを書き上げることで旅を完結させるようにしているのですが、1つの旅が終わると、さぁ〜次はどこに乗りに行こうかな?…とワクワク感が抑えきれない状態になってしまうんです。この私の中でのワクワク感がいったいどこから湧いてくるのか、これまでは上手く説明ができなかったのですが、今回路線バスで標高1,492メートルの石鎚土小屋まで行ってみて、そのワクワク感の源泉が朧げながらですが、見えてきた感じがしています。

それって、ここ愛媛は移動することが楽しいところなのだということです。「さぁ〜次はどこに乗りに行こうか?」は、「どこに行こうか?」ではなく、あくまでも「どこに“乗りに”行こうか?」なんです。すなわち、移動が楽しいってことなのです。残念ながら愛媛県内には私達をワクワクさせるような魅力的な名所旧跡が幾つもあったり、大規模なテーマパークがあったりというわけではありません。そのような人工物ではなく、むしろ、ワクワクさせるのは大自然が作り上げた美しい造形美のほうなんです。人間の力を遥かに超える圧倒的なパワーを持つ大自然が、何千万年もの気の遠くなるような長い時間をかけて作り上げた造形美には、ただただ圧倒されます。ひと言で言うと、風光明媚。瀬戸内海と宇和海、そして太平洋という雰囲気がまったく異なる3つの海に囲まれ、しかも、その海も比較的広い灘があったり、狭い海峡があったりと様々な顔を見せます。さらには、海だけでなく日本列島最大の断層帯である中央構造線の地殻活動が形成した西日本最高峰の石鎚山をはじめとした高い山々が山脈を形成して、瀬戸内海の海岸線に沿って屏風のように長く伸びています。そのような特殊な地形が県全域に広く展開されているわけです。そして県域の多くが、その大自然が生んだ造形の美しさから、2つの国立公園(瀬戸内海国立公園、足摺宇和海国立公園)と1つの国定公園(石鎚国定公園)に指定されています。このほか佐田岬半島宇和海県立自然公園や肱川県立自然公園、四国カルスト県立自然公園など大規模な県立自然公園が7つもあります。四国は国立公園や国定公園、県立の自然公園が多いところではあるのですが、その数と規模(面積)、さらには多彩さという面でいうと、愛媛県が一番です。このような面白い地形のところ、日本全国で見ても、少なくとも北海道以外に私は知りません。

このような複雑な地形ですので、海の景色も山の景色も同じではなく、見る角度や距離、高さ、季節やその日の天気、さらには時間によって様々に変化します。ただでさえ美しい風景に変化が加わることで、さまざまな表情を見せ、さらに美しく見えます。だから移動そのものが楽しいのです。地球科学的な価値を持つ遺産(大地の遺産)を保全し、教育やツーリズムに活用しながら、持続可能な開発を進める地域認定プログラムのことを『ジオパーク(geopark)』と呼ぶのですが、まさに愛媛県全域がジオパークと呼べるものなのではないか…と私は思っています。サイクリングよし!、バイクのツーリングよし!、鉄道や路線バス、フェリー等に乗ってのぉ〜んびりと車窓の景色を楽しむ旅もよし! 愛媛県は移動することそのものが楽しいところ、逆の言い方をすると、移動してみないと、その良さや素晴らしさが分かりにくいところなのではないか…と思い始めました。もしかすると、四国霊場八十八ヶ所巡りの遍路道もそうだったのかもしれません。八十八ヶ所の寺を巡ること以上に、その寺を巡る遍路道の途中で触れるこの地形を形成した大自然の圧倒的なパワー、すなわち“気”を全身に浴びることが、そもそもの目的だったのではないか…ということに気づきました。巡礼はお祈りではなくて、あくまでも修行なわけですから。自分の脚で歩いて巡り、その大自然が持つパワーの大きさに気づき、畏敬の念を持つことが“悟り”と呼ぶものなのかもしれません。ちなみに、四国霊場八十八ヶ所の札所のうち、愛媛県内には第40番札所の観自在寺(南宇和郡愛南町御荘)から第65番札所の三角寺(四国中央市金田町)までの26ヶ所の札所があり、これは他の3県(徳島県24ヶ所、高知県16ヶ所、香川県22ヶ所)を凌いでいます。

とにかく、この愛媛県というところは、他の都道府県とは根本的に異なる特殊なところのように感じています。だから、面白いし、ワクワクさせてくれるのでしょう。

私が久万高原駅に着いた時、既に折り返しのJR松山駅行きのバスは到着していて、発車の時刻を待っていました。車体に久万高原のラッピングが施されています。四国カルストですね。ここも中央構造線の断層活動が生んだ奇跡的な地形によるもので、四国に、いや日本にこんな風景が広がっているところがあったのか!…と思わせてくれるほどのところです。是非近いうちに行ってみたいと思っています。


JR四国バスの車体に、日本三大カルストの1つ「四国カルスト」の写真がラッピングされています。


そのJR松山駅行きのバスの前に、平成29年(2017年)より久万高原〜落出間をJR四国バスに代わって運行するようになった久万高原町営バス「久万落出線」のバスも発車を待っています。久万高原町は平成16年(2004年)に上浮穴郡の久万町、面河村、美川村、柳谷村の1町3村が合併して誕生した自治体で、久万落出線の終点の落出(おちで)は高知県との県境に近い旧柳谷村にあります。落出バス停は、久万高原町役場 柳谷支所(旧柳谷村役場)のすぐ前にあります。ここも旧自動車駅の落出駅になっています。柳谷村は面河川とその支流の上流域のV字渓谷にある山村で、面河川は高知県との県境を越えると仁淀川と名称を変えます。JR四国バスの車体にラッピングされている日本三大カルストの1つ「四国カルスト」も柳谷村にあります。ちなみに、この四国カルストはこの久万高原町(旧柳谷村)を中心に西は西予市、北は喜多郡内子町、さらには南は高知県の高岡郡檮原町と津野町にかけて広大に広がるカルスト台地で、とても日本とは思えないような雄大で美しい高原の風景が楽しめるところなのですが、いかんせん遠くて、JR四国バスにラッピング広告がなされてはいても路線バスが通っていないようなところなので、自分でクルマを運転して行くしかそこに辿り着ける方法がありません。ですが、近いうちに絶対に訪れてみようと思っています。

18時40分、JR松山駅行きのJR四国バス久万高原線のバスは定刻に発車しました。乗客は、私のほかには伊予鉄南予バスの久万営業所まで乗り合わせた登山客の男性と、高校生ぐらいの若い男性が2人の計4名。この日は遊歩道とは名ばかりの山道を、距離にして約18km、歩数にして2万5千歩ほどを歩いたので、さすがに疲れました。でも、心地良い疲れです。路線バスに往復で6時間弱も乗れたので、鉄分の補給も十分すぎるほどできたので、バッチリです。さぁ〜て、次はどこに乗りに行こうかな?

 

愛媛新聞オンラインのコラム[晴れ時々ちょっと横道]最終第113回

  公開日 2024/02/07   [晴れ時々ちょっと横道]最終第 113 回   長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました 2014 年 10 月 2 日に「第 1 回:はじめまして、覚醒愛媛県人です」を書かせていただいて 9 年と 5 カ月 。毎月 E...