公開日2023/02/02
[晴れ時々ちょっと横道]第101回 鉄分補給シリーズ(その7) 四国カルスト高原
昨年の7月中旬、前々からどうしても行ってみたかったところへ行ってきました。そこが「四国カルスト高原」です。四国カルスト高原は愛媛県と高知県の県境に沿った標高約1,000~1,400メートルの山地の尾根づたいに東西約25kmにわたって断続的に広がる石灰岩の台地、いわゆるカルスト台地のことです。
愛媛県と高知県の県境に沿った標高約1,000~1,400メートルの山地の尾根づたいに東西約25kmにわたって断続的に広がる石灰岩の台地、「四国カルスト高原」です。 |
この日の行程図です。(国土地理院ウェブサイトの地図を加工して作成) |
この鉄分補給シリーズは鉄道やバス、フェリーといった公共交通機関を使った日帰り旅行の紀行文を基本にしているのですが、今回は四国カルスト高原まで行ける公共交通機関がないことから、私の愛媛での愛車ハスラー君を駆ってのドライブです。前回、「鉄分補給シリーズ(その6)伊予鉄南予バス面河・石鎚土小屋線」の最後で、久万高原駅に停車中の四国カルスト高原の美しい写真のラッピングが施されたJR四国バスの車体を眺めていて、「そうだ、ここを忘れてはいけない。ここに行かねば!」…と思っちゃいましたから。
久万高原駅に停車中のJR四国バス久万高原線の路線バスです。車体にラッピングされているのは雄大な四国カルスト高原の写真。私はこのラッピング写真を見て、四国カルスト高原に行こうと思いました。 |
四国カルスト高原は上浮穴郡久万高原町(旧柳谷村)を中心に西は西予市、北は喜多郡内子町、さらに南は高知県の高岡郡檮原町と津野町にかけて広大に広がるカルスト台地です。松山市内から行くには、国道33号線で三坂峠(標高720メートル)を越え、久万高原町落出で分岐して国道440号線を進みます。この国道440号線は、松山市の市役所前交差点を起点として高知県高岡郡檮原町に至る一般国道ですが、起点から久万高原町落出まではほぼ国道33号線と重複します。三坂峠の下を三坂第一トンネル・第二トンネルで抜ける三坂道路が整備されてからは、三坂峠を通る旧路線は国道33号線の指定を外され、国道440号線の単独区間となっています。せっかくなので、国道440号線をなぞるために、三坂峠越えの旧路線を利用しました。
三坂峠です。三坂峠の標高は720メートル。旧国道33号線の最高地点です。国道33号線は急勾配の三坂峠を越えると、今度は太平洋に面した高知県高知市に向けてダラダラと緩い勾配の坂で下っていきます。 |
「鉄分補給シリーズ(その6)伊予鉄南予バス面河・石鎚土小屋線」で利用した伊予鉄南予バスの久万営業所とJR四国バスの久万高原駅の前を通り過ぎ、さらに久万川に沿って南下します。その久万川が面河川と合流する地点で、面白い形をした巨大な岩が見えてきます。愛媛県の名勝に指定されている「御三戸嶽(みみどだけ)」です。前述のように、この御三戸嶽は北方から流れてくる面河川と西方から流れてくる久万川との合流点に当たり、ここで面河川が主流となって高知県の方向に流れていきます。そして県境を越えて高知県に入ったところで、仁淀川と名称が変わります。仁淀川は仁淀ブルーと呼ばれる神秘的なエメラルドグリーンの色をした清流として全国的にその名を知られていますが、その主な源流は愛媛県にあって、この面河川と久万川がその仁淀川の源流です。なので、御三戸嶽の下を流れる水は澄んでいて、とても綺麗です。面河川と久万川の合流部にある御三戸嶽は石灰岩で形成された巨大な岩頭で、その岩壁の高さは約37メートル。上流側には淵が、下流側には砂洲が形成されており、上部には松が生い茂っています。御三戸嶽には、その形から「軍艦岩」の別称が付けられています。
面河川と久万川の合流地点に立つ石灰岩の巨岩「御三戸嶽(みみどだけ)」です。面河川はこの御三戸嶽のところで久万川と合流し、Uターンするように高知県方向に流れていきます。右手が高知県方向で、高知県に入ると仁淀川と名称が変わります。 |
先ほど御三戸嶽は石灰岩で形成された巨大な岩頭…ということを書かせていただきましたが、これから向かう四国カルスト高原も石灰岩でできた地形。石灰岩は炭酸カルシウム(CaCO3) を50%以上含む堆積岩のことなので、今回の日帰り旅は、鉄分補給と言うよりも、“骨分(カルシウム分)補給”の旅って言うことができますね。カルシウムは、骨や歯の主要な構成成分になるほか、細胞の分裂・分化、筋肉収縮、神経興奮の抑制、血液凝固作用の促進などに関与している重要な栄養素ですから(笑)
面河川も久万川もともにV字渓谷を形成していて、御三戸嶽の付近にはほとんど平坦地はないのですが、面河川に沿ったその狭い平坦地に久万高原町の美川支所(旧美川村役場)があります。久万高原町は平成16年(2004年)に上浮穴郡の久万町、面河村、美川村、柳谷村の1町3村が合併して誕生した自治体で、美川村はその1つで、この御三戸が旧美川村の中心地でした。また、この御三戸嶽のあるところからは愛媛を代表する景勝地である面河渓谷や四国霊場八十八箇所の第45番札所の海岸山岩屋寺へ向かう愛媛県道212号東川上黒岩線が分岐していて、御三戸嶽はそこへ向かう旅行客の目印になっています。
さらに国道33号線を高知県との県境に向かって南下します。落出で国道33号線から四国カルスト高原を越えて高知県高岡郡檮原町へ向かう国道440号線が分岐します。この落出は現在の久万高原町を形成する旧久万町、面河村、美川村、柳谷村の1町3村の1つ、旧柳谷村の中心地で、久万高原町の中でも最も南の高知県との県境に近いところに位置しています。この落出は、かつて国道33号線経由で愛媛県の県都・松山市と高知県の県都・高知とを最速3時間9分で結んでいた国鉄(日本国有鉄道)のバス路線「松山高知急行線(愛称:なんごく号)」の愛媛県内最後のバス停がありました。この先はすぐに県境を越えて高知県になります。この松山高知急行線は、昭和62年(1987年)に国鉄が民営化され、四国島内の国鉄がJR四国として発足した当時、鉄道も含めたJR四国全体で唯一の黒字路線であったことから、「栄光の松山高知急行線」とも呼ばれた一大幹線路線でした。しかし、四国島内でも松山自動車道や高知自動車道といった高速道路の整備が進み、松山市〜高知市間の移動も高速道路利用の方が快適で、時間的にも早くなったことから、平成13年(2001年)、松山高知急行線は廃止され、高速道路経由の「なんごくエクスプレス」に生まれ変わりました。その際、JR松山駅と落出(旧上浮穴郡柳谷村)間の愛媛県内の区間のみは旅客需要もそれなりに多かったことから一般路線バスによる運行になり、久万高原線と路線名称も変更になりました。平成29年(2017年)、久万高原〜落出間が廃止され、廃止区間を久万高原町営バスが代替運行されるようになり、現在に至っています。
この落出は旧柳谷村の中心地で、久万高原町役場 柳谷支所(旧柳谷村役場)もここにあります。このため、落出のバス停も自動車駅である落出駅になっていました。この落出駅は、JR四国バスが久万高原線の久万高原〜落出間の区間を廃止した後も、代替運行する久万高原町営バスの営業所として使われていて、この落出駅を起点に旧柳谷村内に幾つかの路線を今も運行しています(この旧柳谷村内の路線も、旧国鉄が運行していた松山高知急行線の支線でした)。
久万高原駅に停車中の久万高原町営バスの車両です(前の車両)。過疎地の狭隘道路を運行するため、マイクロバスでの運行です。 |
国道440号線は落出で国道33号線から分岐すると、ループ橋と2本のトンネルを抜けて南西方向に進みます。旧柳谷村は面河川とその支流である高野本川の上流域のV字渓谷にある山村で、国道440号線もその高野本川のV字渓谷に沿って伸びています。国道440号線は四国山地の山岳道路であり、狭隘な区間が多いので、いわゆる“酷道”と呼ばれる路線の1つですが、最近は改良工事が進められ、一部で2車線化もされています。
「やなだにキャニオン」の案内表示が立っています。その表示によると、このあたり旧柳谷村の西谷地域を流れる高野本川は両岸に断崖が続き、典型的なV字谷を形成する渓谷で、「やなだにキャニオン」と呼ばれているのだそうです。谷幅約50メートル、高さ約150メートルの絶壁を誇る四国最大級の渓谷なのだそうです。春の新緑のシーズンや、秋の紅葉のシーズンには、さぞや美しい風景になるだろう…と容易に想像できます。
「やなだにキャニオン」です。谷幅約50メートル、高さ約150メートルの絶壁を誇る四国最大級の渓谷なのだそうです。 |
久万高原町営バス古味線の途中にある自動車駅「ごうかく(郷角)駅」です。 |
その「ごうかく」バス停から少し奥に行ったところにあるバス停の名称が「大成(おおなる)」。“ごうかく→大成”、こちらの切符のほうが合格祈願には向いているようですね。
こちらは久万高原町営バス古味線の途中にある自動車駅「大成(おおなる)駅」です。 |
久万高原町営バス古味線の終点、「古味」バス停です。かつての旧国鉄バス八釜線の終点でもありました。私は一時期、路線バスの終点を訪れることにハマったことがあったのですが、ここもなかなか味わいのある終点です。ここは国道440号線から愛媛県道52号小田柳谷線をほんの少し入ったところにあり、目の前に古味集会所があります。古味線(こみせん)の終点にあったのはコミセン(コミュニティーセンター:集会所)…なぁ〜んちゃってね(笑) 路線バスの終点らしく古味のバス停の前は広いバスの転換場になっています。バス停の前の道路は愛媛県道52号小田柳谷線で、この道を高野本川の支流である黒川に沿って先に進むと、小田深山渓谷を経て喜多郡内子町小田へ出ます。
久万高原町営バス古味線の終点、「古味」バス停です。かつての旧国鉄バス八釜線の終点でもありました。古味バス停にかつてあった待合室(自動車駅舎)は既に取り壊されており、ベンチが置かれているだけです。 |
古味バス停の前の道路は愛媛県道52号小田柳谷線で、この道を高野本川の支流である黒川に沿って先に進むと、小田深山渓谷を経て喜多郡内子町小田へ出ます。左に分岐する道は旧国道440号線で、すぐに高知県との県境である地芳峠にかかり、峠を越えた向こう側は高知県高岡郡檮原町です。 |
この古味の集落は旧柳谷村の最深部にあり、公共交通機関で行けるのはここまでです。ここから分岐する旧国道440号線を先に進むと、すぐに高知県との県境である地芳峠(じよしとうげ)にかかり、峠を越えた向こう側は高知県高岡郡檮原町です。地芳峠の標高は1,084メートル。古味からの標高差は約400メートル。この標高差を国道440号線は山肌を縫うように九十九折りの曲がりくねった林間の狭隘路で登っていきます。大型車通行不能、軽自動車であっても前から対向車がやってくると、離合できる場所までバックする必要があったりして、まさに“酷道”。この日は休日だったこともあり、愛媛県側からは結構クルマの量も多く、気が抜けない運転になりました。ちなみに、平成23年(2011年)に地芳峠の下を貫く地芳トンネルを含む国道440号線のバイパス道路「地芳道路」が開通し、現在、愛媛県と高知県間の通行のほとんどは、この地芳道路を使っています。
地芳峠越えの国道440号線は、国道とは名ばかりのいわゆる“酷道”で、林間を行く細い1車線の曲がりくねった坂道です。四国には400番台のこうした“酷道”が幾つもあります。この写真は帰路に高知県側へ下った時に撮影したものです。 |
地芳峠に向かう国道440号線の車窓を撮影したものです。路肩にクルマを停め、車内から撮影しました。峠までこういう車窓が続きます。 |
地芳峠です。ここが四国カルスト高原の入り口で、ここで愛媛県西予市から高知県高岡郡津野町に至る愛媛県道・高知県道383号四国カルスト公園縦断線に入ります。私が目指したのは四国カルスト高原の中央に位置する「姫鶴平(めづるだいら)」。ここには、宿泊施設やキャンプ場が点在する観光拠点になっています。
地芳峠(じよしとうげ)です。ここから天狗高原までの愛媛県道・高知県道383号四国カルスト公園縦断線の区間が、カルスト地形が顕著なところです。 |
四国カルスト高原の中央に位置する姫鶴平(めづるだいら)です。ここには、宿泊施設やキャンプ場が点在する観光拠点になっており、姫鶴平から五段高原の先まで行って帰ってくる遊歩道(農道)があります。 |
四国カルスト高原は久万高原町(旧柳谷村)を中心に西は西予市、北は喜多郡内子町、さらに南は高知県の高岡郡檮原町と津野町にかけて広大に広がるカルスト台地で、とても日本とは思えないような雄大で美しい高原の風景が楽しめるところなのですが、地芳峠からこの姫鶴平を経て、五段高原(ごだんこうげん)、天狗高原に繋がる愛媛県道・高知県道383号四国カルスト公園縦断線沿いの標高約1,000~1,400メートルの区間が、最もカルスト地形が顕著に現れているところです。ここでは、羊が群れたように見えるカッレンフェルトや、雨の染み込む割れ目が拡がり、すり鉢状の地形となったドリーネが見られます。
標高約1,380メートルの姫鶴平までは愛媛県道・高知県道383号四国カルスト公園縦断線が通っているので、クルマで来ることができます。ただ1車線の細い道路なので、大型車両は通行できません。 |
四国カルストでは、7月のこの時期、高原の夏を黄色く彩るハンカイソウ(樊噲草)が開花しています。ハンカイソウはキク科の多年草で、高さ約1メートルの茎に直径7cmほどの花をつけます。 |
四国カルストの石灰岩は下位に緑色岩が見られることから海底火山の上にできた造礁サンゴであり、含まれるサンゴやフズリナの化石から形成期は古生代の二畳紀(2億8,600万年前から2億4,800万年前)であることが分かっています。
石灰岩です。 |
姫鶴平の駐車場に愛車ハスラー君を停め、天狗高原まで遊歩道を歩いてみることにしました。大きな風車を望むとともに、春から秋にかけては放牧された牛が草を食べる牧歌的光景が見られます。とても日本のものとは思えない感動を覚える風景で、「日本のスイス」と呼ばれているのも、納得させられます。
日本とは思えない牧歌的な風景です。さすが「日本のスイス」と呼ばれる四国カルストです。眼下に見えている建物は牛舎です。 |
春から秋にかけては放牧された牛が草を食べる牧歌的光景が見られます。とても日本のものとは思えない感動を覚える風景で、「日本のスイス」と呼ばれています。 |
風車から東側が「五段高原(ごだんこうげん)」です。前述のように、石灰岩が羊の群れのように見えるカレンフェルトや、ドリーネと呼ばれる窪地など、カルスト特有の景色が楽しめます。標高1,456メートルの四国カルスト高原最高地点は「五段城(ごだんじょう)」と呼ばれ、好天の日には南側(高知県側)に太平洋まで見渡せる絶景ポイントです。あいにくこの日は雲が多いのと、遠方が霞んでいたため、太平洋までは見えませんでした。東側にも霞んではいましたが、西日本最高峰の石鎚山(1,982メートル)の山容が、うっすらと見えました。
姫鶴平の駐車場にハスラー君を停めて、周囲をウォーキングしました。風車から東側が「五段高原(ごだんこうげん)」です。五段高原の最高地点は標高1,456メートルの「五段城(ごだんじょう)」です。駐車場には四国4県だけでなく、神戸ナンバーや川崎ナンバー、多摩ナンバーといったクルマが並んでいます。全国区になってきました。さすがに標高1,400メートル。結構涼しくて、7月と言っても長袖の上着が必要でした。 |
愛媛県側(北東方向)を見たところです。霞んではいましたが、西日本最高峰の石鎚山(1,982メートル)の山容が、うっすらと見えています。(中央に見える2つ並んだ三角の山の間です) 標高1,800メートルを超える高い四国山地の山々が幾重にも屏風のように立ち並んでいます。 |
日本の国土面積のうち、山地が占める割合は、約3/4で、73~75%くらいと言われています。このように山地が卓越する我が国においても、特に四国はさらに山がちなところなんです。国土地理院の提供している国土数値情報に基づく地方別山地割合を見ると、数値の高い順に四国80%、中国74%、中部71%、近畿64%、東北64%、九州64%、北海道49%、関東41%となっています。中でも高知県と愛媛県の両県は山地の割合が86%、83%と8割を超えているのが特徴です。
標高別面積をみると、四国は全国平均に比べ、300メートル~1,000メートルの標高の面積割合が高く、中山間地と言われるところが多いのが特徴です。関西以西の府県別平均標高をみると、1位の奈良県の570メートルに次ぎ、2位は徳島県の461メートル、3位は高知県の433メートル、4位は愛媛県の403メートルと、香川県以外の四国3県は完全な山国といえます。奈良県は海に面していない県なので平均標高が高いのも分かりますが、四国の3県はいずれも海に面していてこの平均標高ということは、驚くべきことだと思います。それはすなわち、四国は海から山がすぐに立ち上がっているような地形と言うことを意味しています。なので、四国に来てみると、視界の中には必ずかなり近いところに山が迫ってきているのに驚かれると思います。
四国カルスト高原牛乳100%のソフトクリームです。味が濃くて美味しいです。バックは 高知県側(南東方向)です。急峻な四国山地の山々が屏風のように立ち並ぶ愛媛県側と異なり、こちら側にはさほど高い山はありません。晴れていれば遠くに太平洋が見えるのですが、この日は霞んでいて、見えませんでした。 |
第99回では石鎚土小屋と面河渓をご紹介させていただきましたが、今回は四国カルスト高原。このように愛媛は山にも魅力的なところがいっぱいあります。海と山、まるで自然の魅力あふれるジオパークですね。